2020.08.19
ITシステム導入を成功させるために、担当者が意識するべきいくつかの視点 ~業務の理解と最適化、コミュニケーション~
目次
「わが社でも早急にデジタル・トランスフォーメーション(以下、DX)を進めるべきだ」そんな経営トップの号令に従って、Microsoft365などのグループウェアを導入して社員間のコラボレーションを促し、SAP等のERP(Enterprise Resource Planning 統合基幹業務システム)で業務効率化を加速させる計画だった。ところが、システム自体は導入したものの、ユーザーである現場の社員からは不評であまり利活用されず、想定していたほどの効果があがっていない…。そんな話を、企業のIT部門担当者からよく耳にします。
ITシステム導入が失敗する企業では、一体どんなことが起きているのでしょうか。ソフィアのコンサルタント、築地健に聞きました。
ITシステム導入が失敗する二つの原因
――なぜITシステム導入は迷走するのでしょうか。会社方針として巨額の予算を使ってシステムを導入するのに、うまくいかないのはなぜなのでしょうか?
築地:第一に、システム導入を決める戦略部署とユーザーである現場従業員の期待値が乖離していることが挙げられます。各部署の従業員のおもな関心事は「ERP導入で私の仕事はどれだけ楽になるのですか」ということであり、新しいシステムで目の前の仕事が改善される効果を期待しています。ところが、現状の業務の流れはそのままに自動化などで仕事が楽になると思いきや、実際にはシステムが変わることで以前とはデータの入力方法が変わったり、業務フロー自体も変わったりと、現場の従業員にとっては面倒なことが起こります。一方で、経営企画や情報システム部などの戦略部門は、会社の事業をよりサステナブルにするべく、全社最適の視座に立ってシステム導入を決定します。細かい個別の業務を改善することよりも、業務ごとにバラバラだったシステムを一つのERPパッケージに統合することで数値管理をしやすくしたり、セキュリティの脆弱性を改善したりすることを考えているのです。
第二に、そもそも会社全体で使われているITツールについて理解している人がIT部門にいないという現実があります。現在、各事業部門でどんなツールを使っているのか、その目的や効果とコストを把握できていない。いま業務に利用されているツールの導入目的や効果やコストも分かっていないのに、新しいITシステム導入後にどのように業務が改善されるのか、各部署に伝えられるわけがありません。それで、導入するITシステムのメーカーが打ち出している宣伝文句をなぞるようにして、社内アナウンスせざるを得なくなるのです。自社にとってそのシステムがなぜ必要なのか、導入することで利用者にとってどのようなメリットがあるのか、具体的に謳うことができないまま導入の告知だけをしているケースが散見されます。
システム利用者となる現場の業務をどれだけ理解できているか
――現場の従業員と戦略部門の期待値が乖離しているという話がありましたが、新しいITシステムの導入時には各部署の業務のヒアリングを行うものではないでしょうか?
築地:実際には現場へのヒアリングを行わずに、戦略部門のみで進めてしまう場合もあるようです。しかし、新しいシステムのユーザーとなる各事業部門の従業員が参加しないことには、新しいITシステムを導入することで業務がどのように変わり、どの程度のインパクトがあるのかを把握することができません。目的やゴールに見合ったシステムを導入し、新しい業務のありかたをデザインしていくためには、戦略部門と各事業部門が密に連携してシステム導入を進めて行く必要があります。
しかし現実は、各事業部門とIT部門のコミュニケーションが上手くいっていないために、会社が用意したシステムを「これを使え」と現場に押しつける形になってしまいがちです。そして、現場の従業員とコミュニケーションしないで導入されたITシステムは、業務の流れとシステム仕様とがちぐはぐで、現場にとっては使いにくいものになってしまうのです。
例えば、営業管理ツールを導入するなら事前に営業部門にヒアリングをするでしょう。一方、Microsoft365のようにユーザーが「全社員」となる場合は、誰が新しいITシステム導入によるおもな受益者なのかがあいまいなため、ヒアリングしないで進めてしまうことが多いようです。
IT部門の担当者に「なぜヒアリングをしないのか」と尋ねると、意外にも「現場の要望を聞いたら応対せざるを得なくなるので、最初から聞きに行かない」という返事が返ってきます。聞かずに進めたら進めたで、結局システムが利用されず後で困ることになるのだから、ヒアリングに行くというよりは巻き込みに行くという姿勢で現場の協力を求めるのがいいと思います。「業務のプロセスが変わって一時的に現場の負担が増えるかもしれませんが、最終的に大きなメリットが得られるので一緒に頑張りましょう」とお願いに行く感じが良いのではないでしょうか。
システム導入はゴールではない。会社全体の業務を最適化するには?
――会社の業務全体を把握しないままに新システム導入へ突き進んでしまうのは、なぜだと思いますか?
築地:新システムの導入によって実現したいことの捉え方が狭いのではないでしょうか。経営陣にとって、新しいITシステム導入の目的はDXの実現です。「デジタル・トランスフォーメーション」というぐらいだから、大げさに言えば会社を作り変えるのと同じようなインパクトがあります。会社を100人、1000人、1万人と少しずつ大きくしていくような活動というよりは、いきなり1万人の会社を作るのに近いことをやろうとしている。一方、IT部門にとっては「新しいITシステムの導入」が目的にすり替わってしまいがちです。しかし、新しいITシステムを導入したところで、業務のプロセスや働く人の意識を変えることができなければDXは実現できません。
DXは、既存の業務を単にデジタル化するという意味ではありません。デジタル・トランスフォーメーションは「トランスフォーメーション」に大きなウエイトがあるのです。デジタル化という手段を使って会社をどのように変えていくのか、そこを議論し尽くさない限り絶対にうまくいきません。
IT部門が現場の社員に対して熱弁すべきことは、「この新しいシステムを活用してください」ではないのです。新システムの導入がこれまでの業務の流れや仕組みを見直す機会となることを、企業の戦略を踏まえたストーリーとして語るべきだと思います。そのためには、会社のこれまでの事業発展や業務改善の経緯などのコンテキストを把握した上で、新しいITシステム導入によって発生する新たな価値を掘り出し、事業部門や職種が異なるオーディエンスごとに分かりやすく翻訳してシステム導入のメリットを伝えるという、高度なコミュニケーション能力が必要となります。そのような力を持った人がいない限り、DXは遅々として進まないでしょう。
新システム導入に必要な「チェンジマネジメント」の視点
――そういったコミュニケーションは従来のIT部門の仕事とは専門性が異なるので、IT部門だけで進めるのは難しいのではないでしょうか。
築地:そう思います。各事業部門とのコミュニケーションには、IT部門の高度な専門性も必要ですが、要となるのはインターナルコミュニケーションの技術やノウハウなので、IT部門とインターナルコミュニケーションの部署が連携してやれるかどうか、ということが重要になってきます。
海外では、チェンジ・コミュニケーションという専門領域があって、組織の役職にもHead of Digital CommunicationとかDigital Community Managerというものがあります。外部のコミュニケーション会社やシステムベンダーとタッグを組んで、上手くDXを推進して効果を上げているというような事例もIABC*世界大会で発表されています。
利用者人数規模の大きなシステム導入の成功事例を研究してみると、小さなグループでまずパイロット運用を開始し、そこで成功や失敗を徹底的に洗い出して、改善の方向を打ち出しています。そして、小さなグループで成功体験を作った上で、より広い範囲での導入へと順に広げていくことが多いようです。
ここで重要なのは、システム導入の初期段階からそのようなユーザーエクスペリエンスが設計されているということです。DXで成果を出している企業では、日本でよくあるような、ドーンと全社展開してあとは利用者任せということは決してしません。
変化への拒否感を解消するためのコミュニケーション
――ITシステムや各種ITツールは導入したら使ってもらわなければ効果がありません。しかし中には、どうしても使ってもらえない、デジタルシフトができない社員もいると思います。社員のデジタルシフトを促すためには何をすればいいのでしょうか。
築地:新しいITシステムが活用されない原因は色々あると思いますが、インターナルコミュニケーションの観点を添えるならば、「従業員からの信用がない」からと言えます。会社やIT部門に対するトラスト(信用)です。
会社が変化する局面においては、常日頃からの従業員エンゲージメントが大切です。会社の向かうべき方向性や直面している課題が、従業員にとってどれくらい自分事化できているかが、変化への対応に影響します。「トランスフォーメーションできないと、やがて会社も自分も淘汰されていく」ということを従業員が十分に認識できていれば、一時の苦労を伴う変化をもっと前向きにとらえ、変化を推進する部門や活動に対しても協力的になれます。しかし自分と自分の目の前の日々の業務しか見えていない従業員にとっては、5年、10年先に会社が存続しているかどうかの心配よりも、変化によって自分の仕事が一時的に増えることへの拒否感が先に立ってしまうのです。
変化に対するアレルギー反応は誰にでもあります。デジタルに苦手意識のある従業員をサポートするために必要なこととして、私がよく言うのは「そばで、一緒に」です。例えば、自分の親にネットショッピングの仕方を教えるときには、傍らで実際の操作を見せながら「こうやってやるんだよ」などと言って教えますよね。そうすると、「ああ、こうやってやるのね」と伝わる。ネットショッピングをしたことのない高齢者にAmazonや楽天のトップページのURLをメールで送って放っておいても、自分からは動き出さないと思います。そばで一緒にやってくれる人がいるから、やっと自分の実体験として認識されて心理的なハードルの水準が下がる。会社で業務に使うERPやMicrosoft365、セキュリティに関するルールなどでも、従業員が未経験のものであれば同様のことが言えます。どこまで従業員の目線に立って必要な情報や体験の機会を提供できるかが、会社に対する従業員の信用、ひいてはエンゲージメントにも関わってくるのではないでしょうか。
従業員への情報提供には「プル型」「プッシュ型」の2タイプがあります。プル型の情報提供は、「マニュアルをここに置きます」というもの。新しいシステムの導入初期段階でプル型のみで情報提供していては、デジタルに対するアレルギーがある人はもちろんのこと、それ以外の従業員にも浸透しません。面倒くさいから読まない、どこを見ればいいのかわからないから読まない、とさまざまな理由をつけては放っておかれます。
人が「そばで、一緒に」教えるというのは、最強のプッシュ型です。ハンズオンのトレーニングなどプッシュ型の施策も含めたプロモーション活動をやっている企業では、新しいシステムに対する従業員のアレルギーが解消されるのが早い、ということがこれまでの私の経験から言えます。
初期段階でのプッシュ型のコミュニケーションと、システムの利活用が進んで発展的に使いたい時に自ら学習できるようなプル型のマニュアルやチュートリアル、TIPS集などのコンテンツが両方セットで用意されていると良いですね。それらと併せて、ユーザーの意識や行動の成長段階やエクスペリエンスに合わせたアイテムを提供できればなお良いでしょう。
新しいITシステムの導入を「会社から従業員への、使えないシステムの押しつけ」に終わらせず、会社の生き残りをかけたトランスフォーメーションへとつなげていくためには、システム導入前のヒアリングに始まり、活用を促進するためのプロモーションやその後の継続的なコミュニケーションなど、やるべきことが色々あります。IT部門や経営企画部門はうまく各事業部門と連携し、インターナルコミュニケーションを担う広報部門や外部の専門家の力も活かしながらそれらを進めていく必要があります。私たちソフィアは、インターナルコミュニケーションを専門とし、チェンジマネジメントの豊富な経験を持っています。ITシステム導入に課題を感じたら、ぜひソフィアに相談してほしいと思います。
関連サービス
関連事例
よくある質問
- ITシステム導入の成功の鍵は何ですか?
自社にとってそのシステムがなぜ必要なのか、導入することで利用者にとってどのようなメリットがあるのか、言語化することが重要です。現場が必要としているものを要求定義することが大前提です。
- 会社全体の業務を最適化するためにIT部門がすべきこととは何ですか?
新システムの導入がこれまでの業務の流れや仕組みを見直す機会となることを、企業の戦略を踏まえたストーリーとして語ることです。
会社のこれまでの事業発展や業務改善の経緯などのコンテキストを把握した上で、新しいITシステム導入によって発生する新たな価値を掘り出し、事業部門や職種が異なる従業員に分かりやすく伝えることが重要です。
- システム導入の問題点は何ですか?
現場へのヒアリングを行わずに、戦略部門のみで進めてしまうこと
各事業部門とIT部門のコミュニケーションが上手くいっていないために、戦略部門のみで進めてしまい、結果的に現場にとっては使いにくいものになってしまいます。
株式会社ソフィア
取締役、シニア コミュニケーションコンサルタント
築地 健
インターナルコミュニケーションの現状把握から戦略策定、ツール導入支援まで幅広く担当しています。昨今では、DX推進のためのチェンジマネジメント支援も行っています。国際団体IABC日本支部の代表を務めています。
株式会社ソフィア
取締役、シニア コミュニケーションコンサルタント
築地 健
インターナルコミュニケーションの現状把握から戦略策定、ツール導入支援まで幅広く担当しています。昨今では、DX推進のためのチェンジマネジメント支援も行っています。国際団体IABC日本支部の代表を務めています。