2022.07.28
シナリオ・プランニング完了! でもこれ、実務でどう使うの…?を避けるために〜前編〜
目次
不確実性の高い未来を予測し、今からできる戦略を準備する「シナリオ・プランニング」に取り組む企業が増えています。しかし実際には、想像する未来の可能性が過去の経験の範囲から抜け出せない、シナリオを作成しただけで終わってしまう、社内での理解が得られず浸透しないなど、さまざまな壁が立ちはだかることは少なくありません。
企業のシナリオ・プランニングの取り組みを多数コンサルティングしてきた株式会社スタイリッシュ・アイデアの新井宏征さん(写真右)に、ソフィアのラーニングデザイナーの古川(写真左)が、シナリオプランニングの実務での活用におけるポイントや、失敗例、社内に浸透させるために欠かせないことなどを聞いてみました。
シナリオ・プランニングとは
VUCAやTUNAという言葉で表されるような不確実な時代において、10年後、20年後の未来に起こり得るリスクを考え、意思決定をしたり戦略を立てたりするための手法です。さまざまな外部環境要因(社会的変化や気候変動、政策など)の「不確実性」と、自分たちの事業や業界に与える「インパクト(影響)」を元にした不確実性マトリクスを使って分類します。その結果から複数のシナリオを作成し、未来に備えた戦略を検討していきます。
不確実性マトリクス
株式会社スタイリッシュ・アイデア発行資料「シナリオプランニング実践ガイドブック」より抜粋
シナリオ・プランニングの流れ
シナリオを作成するうえでのポイント
- Point1:シナリオテーマと目的をしっかり設定する
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- シナリオテーマとは「10年後の日本における人々の暮らし」など、どのような設定でシナリオを作成するかを定めたもの。
時間軸(何年後か)・地理軸(どの地域か)・検討スコープ(どのような範囲で世界を切り取るのか)という3つの要素
- からからテーマを設定する。時間軸は、10年、20年という遠すぎず近すぎない未来で考えるのがポイント。
- Point2:不確実性の高さ・低さを客観的に見極める
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- 未来に対して
「不確実性の高低」「自分が所属する組織や業界に与えるインパクト(影響)の大小」
- という視点で見て、2軸をつくる。例えば「10年後の日本における高齢化社会」は今後解消される見込みは低いことがわかるため不確実性が低いと捉え、「新型コロナウイルス感染症拡大」は、特効薬の開発あるいは強力な変異型ウイルスの登場などさまざまな可能性が考えられるため、不確実性が高いと捉える。
- Point3:バックキャスティングの視点を持つ
-
- 現在や過去のデータから確実性の高い未来を予測するフォアキャスティングではなく、
不確実性が高い外的環境要因を起点に今できる対応策を考えるというバックキャスティング
- の視点を持つ。
シナリオ・プランニングの必要性
シナリオ・プランニングが強い組織をつくる武器となる
古川:昨今、ソフィアでもシナリオ・プランニングに関するワークの依頼が増えています。今回の新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)が大きな契機のひとつとなっていることもありますが、今なぜシナリオ・プランニングが社会イノベーションを起こすために重視されていると思いますか。
新井さん:「先が見えない時代」と言われて久しいですが、とはいえほとんどの組織が、そう大きくは変わらないだろうという認識でいたと思います。でも、これまでの常識では考えられないほどに世界が劇的に変化したことを、コロナで経験しました。気候変動や深刻な少子高齢化など、これまで経験したことのなかった不確実性の高い未来への危機意識を強くした企業が増えていることは間違いありません。
古川:コロナの前からソフィアでもシナリオ・プランニングのワークショップを開催してきましたが、やはり今回の世界的な変化を身をもって体験しているというのは大きいですね。これまで以上にリスクヘッジを意識する企業が増えていますし、そのような企業が勝ち残っていく社会になっていく。勝てる組織へと変容するには、ますますバックキャスティングという視点が欠かせなくなっていると私も感じます。
“事前準備”がシナリオ・プランニングの成功・失敗を分ける
シナリオ・プランニングが失敗するパターン
- 自分たちの「常識」「前提」「価値観」の延長線上で未来を予測する
- 若者層と、年代の違う上司や経営層との間で相互理解が難しい
- 作成しただけで満足し、社内への浸透や業務での活用がなされない
外部環境のリサーチのポイントは?
古川:新井さんは、シナリオ・プランニングを組織の変革や強化にしっかり活かすには、この取り組みの目的や方向性、そしてテーマを明確にするなどの準備こそが非常に大切だとお考えですね。テーマ設定、そのためのヒアリングや現状分析、外部環境要因のリサーチでのポイントを教えてください。
新井さん:シナリオ・プランニングは、表層的に取り組むとほとんどが失敗します。自社がシナリオ・プランニングに取り組む目的や方向性を明確にすること、そのうえでシナリオテーマを設定すること。これらの点を飛ばしたり見誤ったりしてシナリオを作成しまうと、自社にとってまったく意味のないシナリオとなってしまう可能性が高いので、取り組み開始時点の目的設定やテーマ設定を丁寧に行う必要がありますね。
注意すべき点は、自分たちの日常的なトピックをシナリオテーマに設定しないことです。自動車業界の例でいうと「今後の自動車とはこうあるべきだ」「環境にこういう貢献をすべきだ」というような持論を話すだけで終わってしまいがちだからです。
古川:若手社員や現場社員が自分の置かれている世界から一歩外に出て考えた“将来の不確実な可能性”が、実は上司や経営層にとっては“日常的に考えていること”で、持論を持ち出した議論が始まってしまうというのは、とてもよくある光景ですね。主催する側が、上司や経営層にも、シナリオ・プランニングの考え方を理解してもらった上で、いつもと違う視点を持ってもらうよう事前にお願いするなど配慮が必要かもしれません。
不確実な外部環境要因を予測するには、どんなことがポイントになりますか?
新井さん:外部環境要因の変化に着目し、なるべく多くの要因を深くリサーチすることです。「少子高齢化」「気候変動」「多様性」「ブロックチェーン」「AI」「石油環境」などのキーワード単位でどんどん増やしていく“広げるリサーチ”と、「多様性が実現されていくのはどういうことだろう」「AIの発展によって人間ができる新たな仕事はなんだろう」などキーワードに対して深く想像していく“深めるリサーチ”の両方が必要です。
ここでやってしまいがちなのが、過去からの延長上で可能性を考えるフォアキャスティングの視点でリサーチしたり、自分たちの過去や現状を否定することにつながる要因には踏み込まないリサーチをしてしまうパターンですね。
古川:いかに現状を維持していくための経営戦略を立てるかがシナリオ・プランニングの目的になってしまうケースですね。リサーチ段階でどうしても安全な方に傾ってしまうため、やはり作成したシナリオが結局は使い物にならないとなりがちです。
まずは自分事化できるかという視点で考えよう
古川:とはいえ、自分が知らない、あるいは経験したことのない世界を想像する、そこからアイデアを出すというのはなかなか難しいですよね。何かコツはありますか。
新井さん:よくあるケースが、Z世代だから車に興味がないだろうとか、無人レジがもっと普及したら人手不足が解消されるだろう、などと表層的な想像や議論をしてしまうことです。自分の中の枠組みを壊し、必要であればデータを集めたり、ヒアリングできる場へ足を運んだり、アンケートを読み込んだりなど、さまざまな観点から情報収集をして自身の納得や実感を伴った未来予測をすることが欠かせません。リアルなデータを見てみると、その人の理解の中では起こり得ないと思い込んでいたことが、実際にはすでに現実のものになっていたり、想像よりも進んでいたことがたくさん出てくるものです。
それから、自分事化できるかどうかもポイントですね。仕事上でのプロジェクトですので、××社の社長とか○○部の部長という会社内での立場からだけで未来を想像しがちですが、親や子ども、パートナー、友人、知人など、仕事以外での自分の周囲にいる人の立場になってみます。例えば10年後に親は75歳になっていて、そのときに困っていることはなんだろう、どこに住んでいるんだろう、どんなニーズがあるだろう…そんな風にわかるところから想像をめぐらし、未来のイメージを実感できるところがないと、なかなか深く理解できないし、自分事化につながっていきません。
どのように社会が変わり、それによって組織がどのような影響を受け、私はどのような影響を受けるのだろうか。下図のピラミッドのようなイメージでそのような意識を持ちながら、自分事化して考えていくのがポイントです。
新井さんがシナリオ範囲を考えてもらう際に活用している「影響ピラミッド」
後編では、具体的なシナリオ・プランニングの事例と、シナリオ・プランニングを業務に活用し、イノベーションにつなげる方法をご紹介します!
(文・写真:飯島 愛)