2023.05.08
オンライン研修の成否を握る「研修前・研修中・研修後の双方向コミュニケーション」
目次
企業における研修スタイルは、コロナ禍を経て、オンライン開催が標準形となってきています。従来は一つの場所に集合して講義を受けていた受講生の側にも、いまやZoomやTeamsなどのツールを介したオンラインで参加が定着しつつあります。
オンライン研修には、集合研修と比較して低コストで開催できる、運営側・参加者側ともに負荷が少ないなどの利点があります。しかし、ただ受講者がPCの前でプログラムを消化するだけで終わってしまっては、実施する意味がありません。
研修の目的は学習内容を受講者に定着させ、職場での実践やビジネスにおける成果に結び付けることです。そして、オンライン研修の成否は研修当日だけでなく、事前・事後も含めて双方向のコミュニケーションによる働きかけを実行できるかにかかっています。
この記事では、オンライン研修を成果につなげるために知っておきたい現状の課題と、オンライン研修の成否を握る「双方向コミュニケーション」について解説します。
よくあるオンライン研修の問題点
企業研修については、これまでもさまざまな問題点が指摘されてきました。主要なものとしては、以下のような問題点が挙げられます。
- 日常業務とは切り離された「イベント」と化している
- 研修の成果が明確でない
- 参加者はただ聞くだけ、見るだけ
これらの問題は対面での集合研修でも見られるものですが、集合研修では多くの場合「他拠点の同期と久しぶりに会える」「本社のある東京に行ける」など、研修内容以外にも参加の動機につながる要素がありました。一方、オンライン研修は通常業務と同様の環境で受講するため、研修の内容そのものに意義が感じられなければ、参加者の動機付けができません。そのため、いまあらためて企業研修の意義が問い直されているのです。
以下、それぞれの問題について詳しく見ていきます。
1.日常業務とは切り離されたイベントと化している
1つ目の問題は、研修が日常業務とは関係のない恒例行事となってしまっていることです。
受講者にとって研修は、その他の社内行事と同様に、「意義はよくわからないが、会社から言われたからとりあえず参加する」という存在になりがちです。運営側も研修の目的を見失ったまま「毎年やっているから今年も同様に実施する」と、開催すること自体が目的化している状況もよく見られます。
また、対面で実施していたときにはグループワークや研修後の懇親会などで参加者の関係性強化などに寄与していた研修を、簡易化して講義のみのオンライン研修に移行した結果、イベントとしての意義すら失われてしまったケースもあります。
2.研修の成果が明確でない
研修が単なるイベントになってしまう原因として、そもそも何のために研修を行うのか、何をもって成果とするのかが明確化されていないことが挙げられます。研修の目的や目指す成果が明確でなければ、研修で学んだことの理解度を確認する事後課題や、学んだことをアウトプットできる場など、研修を実務につなげる環境を整えることはできません。
また、事後アンケートでも「研修の満足度」「参加した感想」くらいしか聞くことがないため、事務局側は「満足度が高い=成果が出た」と考えてしまいがちです。しかし、参加者の満足度が高いのは「講師の話が面白かった」「研修が楽だった」という理由からかもしれず、必ずしも研修の成果とは言い切れないのです。
3.参加者はただ聞くだけ、見るだけ
オンライン研修は、設計次第では小グループでディスカッションを行う、アンケート機能やチャットなどを使って講師と受講者がやりとりするなど、双方向コミュニケーションの要素を入れることが可能です。しかし多くの場合、受講者は講師が一方的に話すのをただ聞くだけ、インプットのみでアウトプットのない研修になっています。
とくに、カメラオフの状態で参加する研修では、実際は研修を聞かずに他のことをやっていても本人以外にはわかりません。講師が質問を受け付けても誰も発言しない、というケースもよくあります。このような状態であれば、オンデマンド教材で学習できることと変わらないため、リアルタイムで受講する研修の場を用意する必要性は薄いでしょう。
研修を成果につなげる2つの視点
研修を成果につなげるためには、研修の目的と目指す成果を明確にした上で、事前・事後も含めた研修のプロセス全体を具体的にデザインしていく必要があります。
そして、研修のプロセスにおいては、コミュニケーションが非常に重要な役割を果たします。そこでカギとなるのが、「ラーニングエクスペリエンス」と「研修転移」という2つの視点です。
ラーニングエクスペリエンス
ラーニングエクスペリエンス(学習者体験)とは、「受講者を教育する」という会社目線ではなく、「学習の過程で積み重ねられる体験を通じて、どのような感情や行動が促されるか」という、受講者の立場に立った研修設計の考え方を指します。
マーケティングの世界では、消費者が商品・サービスやブランドとのあらゆる接点におけるコミュニケーションを通して得る体験をカスタマーエクスペリエンスと呼びます。商品・サービスに対する消費者の満足度や、リピート購入、口コミ発信などの行動につなげるため、企業は、顧客が購入前に目にする広告や、購入後のアフターサービスなどもすべて含めて顧客の体験全体をデザインします。
カスタマーエクスペリエンスにおける顧客を学習者に、商品・サービスを学習内容に置き換えたのが、ラーニングエクスペリエンスです。そして、ラーニングエクスペリエンスに焦点を当てた研修設計をラーニングエクスペリエンスデザインと呼びます。これは、学習の動機付けや、学習の定着、業務における実践に向けて、研修受講者のニーズや心情を理解したうえで、研修前・研修中・研修後すべてにおけるコミュニケーションを適切に設計するという考え方です。
研修転移
もうひとつ押さえておきたいのが、「研修転移」の考え方です。研修転移とは、研修で学んだ内容が十分に腹落ちして理解された結果、学習したことが実際の業務において実践され、学習者の行動が変化して仕事の成果につながり、その成果が持続することを指します。
研修転移を促すためには、受講者自身の目的意識も大切ですが、研修中における講師と受講者の双方向のコミュニケーション、研修前後における受講者上司の関わりなど、周囲の環境も大きく影響します。
研修を成果につなげるためのコミュニケーション
ラーニングエクスペリエンスを高め、研修転移を実現するためには、受講者とのさまざまな接点において効果的なコミュニケーションを行う必要があります。
集合研修における対面のコミュニケーションと比べて、オンラインツールを介したコミュニケーションは時間や場所による制約が少ないため、活用次第ではコミュニケーション機会を広げていくことができます。
コロナ禍を経て、オンラインツールを使った業務環境が整ってきている状況はひとつのチャンスとも言えるでしょう。オンライン研修を運営する事務局側も、受講者の側も、研修を通じてオンラインコミュニケーションのスキルを高め、同時に研修の効果も高めていける可能性があるのです。
ここからは、実際にソフィアがお客様企業向けに提供しているオンライン研修を例に、研修事務局が受講者に対して行っているコミュニケーションや、受講者と講師、受講者同士、受講者と上司のコミュニケーションを促進するためのサポートについてご紹介します。
研修前
研修を設計する前に行うべきことは、受講者の状況を知るためのコミュニケーションです。そして、研修の目的やゴール、内容が明確になったら、受講者に対して学びの動機付けをし、受講者の上長に対しても研修への理解・協力を得るためのアプローチを行います。
また、オンライン研修をスムーズに実施するためには、必要な機器やネットワーク環境が揃っているか、静かな環境で受講可能か、カメラ・マイクONでのディスカッション参加は可能かなど受講環境の調査や、機器操作に関する説明も必要です。
目的 | 対象者 | アクション |
---|---|---|
研修設計のための現状把握 | 受講者 | 仕事の現状に関するヒアリングやアンケート |
受講の動機付け | 受講者 | 受講案内、事前課題の出題、進捗管理 |
研修意義の理解促進(上司) | 受講者の上司 | 研修の目的、内容、目指す成果について説明職場での実践への協力依頼 |
受講環境の整備 | 受講者 | 受講環境に関するアンケート、オンライン受講のためのマニュアル配布、通信状況のテスト |
研修中
研修当日、研修の運営事務局は、講師と受講者がスムーズに双方向のコミュニケーションを行えるようサポートします。オンラインアンケートやチャット、ブレイクアウトルームなどを活用して研修の中で自然なインタラクションが発生する環境を整え、受講者からの技術的な問い合わせに対応するテクニカルスタッフや、ブレイクアウトセッションを進行するファシリテーターなどが必要になります。
オンラインでのファシリテーションに長けた講師を起用し、事前に詳細なタイムテーブルや役割分担について講師と事務局ですり合わせを行った上で臨みましょう。
目的 | 対象者 | アクション |
---|---|---|
ストレスのない受講環境整備 | 受講者 | カメラ・マイクON/OFFのルールや、ブレイクアウトセッション等についての説明、受講中の技術サポート(チャットやメールでの質問受付) |
スムーズな研修進行 | 講師 | オンラインアンケートやブレイクアウトセッションにおけるシステム操作、質疑応答における質問選定などのサポート |
議論の活性化 | 受講者、講師 | ブレイクアウトセッションの進行、各グループでの議論内容の報告など |
研修転移の促進 | 受講者 | 事後アンケートや事後課題の依頼、受講後サポート(講師への質問、参加者コミュニティへの参加など)の案内 |
研修後
研修転移を促すためには、研修後のコミュニケーションも重要な役割を果たします。
研修参加者が研修で学習した内容を振り返り、職場での実践につなげていけるような環境を整え、動機付けをするためには、参加者と講師、参加者同士が交流できる場づくりや、参加者の上司への働きかけが有効です。
目的 | 対象者 | アクション |
---|---|---|
研修の意義に対する理解促進 | 受講者、受講者の上司 | 受講者アンケート結果の報告 |
学習内容の定着 | 受講者 | 事後課題の進捗確認、提出リマインド |
学習内容の定着と、さらなる学びの促進 | 受講者、講師 | 受講者コミュニティの運営、講師への質問受付・回答のサポート |
研修転移の促進 | 受講者の上司 | 職場における実践状況のヒアリング |
研修運営におけるコミュニケーションを効果的かつ効率的に実施するヒント
前章で紹介した事例を見るだけでも、研修事務局に期待される役割は大きく、かなりの業務量になります。しかし、オンライン研修だからこそ、デジタルツールの活用や外部リソースの活用などによって、より効率的に研修を運営しながら研修の効果も高めていく可能性が開けてきます。以下、オンライン研修を効率化するための具体的なヒントをご紹介します。
デジタルツールを活用する
研修全体におけるコミュニケーション量が増えても、デジタルツールを用いて効率化できる部分があります。たとえば、個別にメールで行っていた受講案内や参加受付などをTeamsなどのツールを使って参加者全体に一斉連絡することができます。また、レポート提出などの進捗状況もオンライン上で確認できるようにし、リマインドメールを自動送信するなども可能です。
学習管理に特化した機能を持つLMS(Learning Management System)を導入して、個別の研修だけではなく、組織全体で社員の学習状況を管理できるようにするのもよいでしょう。
活用例)
- デジタルツール上に参加者コミュニティを設け、一斉連絡できるようにする
- 研修に関する資料や講義動画などをデジタルツール上にまとめ、参加者が参照できるようにする
- 定形化できる連絡(アンケート依頼や課題の出題、提出のリマインドなど)は、PowerAutomateを使って自動投稿できるようにする
- 研修参加者の課題レポート提出や、上司への受講報告書提出をオンラインで行い、進捗を自動管理する
- LMS(Learning Management System)で個人の学びを見える化する
BPOなど外部リソースを活用する
オンライン研修を実施するためのノウハウが社内にない場合や、人員不足で継続的なコミュニケーションができない場合には、事務局の業務に外部リソースを使うという選択肢があります。
オンライン研修の特性を生かし、実践につながる研修を実施するには、受講者への情報のインプットはビデオ教材などを用いた自己学習を中心とし、実際の研修は講師との双方向のやりとりをメインにするのがよいでしょう。そのためには、受講者に対する学習の動機付け、現場での実践につなげる働きかけが必要であり、研修事務局から受講者やその上司に対するコミュニケーションの量と質が求められます。
しかし、そのために研修事務局の本来の役割である研修の企画や効果測定などの業務が滞っては本末転倒です。定形化できる業務は定形化し、外部リソースに任せられる部分は任せていくことをおすすめします。
業務の外注先としては、企業コミュニケーションの専門企業や、研修サービス会社、BPO(Business Process Outsourcing:業務プロセスの外部委託)の会社などが考えらえます。外注先を選定する際には、相手先がオンライン研修についてどのような考え方・姿勢を持っているか、どれだけ自社の状況を深く理解しているかが重要です。自社の状況や研修の目的など詳細な情報を提供し、対話を通じて相手先の考え方や姿勢を十分に理解した上で、依頼する業務範囲を明確にして選定しましょう。
研修を「イベント」から「リアル」することが重要
この記事の冒頭で、研修が「特別イベント化」してしまっていることの弊害について触れました。普段の業務にも使用しているデジタルツールを研修にも活用できれば、研修を良い意味で日常の業務に近い存在にシフトさせていくことが可能になります。日常と切り離された時間・空間ではなく、通常業務に付随するOJTがデジタルツール上で展開されるようなイメージです。
そこでは講師の役割は従来のような「ティーチャー」ではなく、受講者に伴走する「コーチャー」、あるいは学習コンテンツを適切に編集して提供する「キュレーター」へと役割を変えていくでしょう。受講者はより業務に近い形で、研修を実践に活かすことができるようになるのです。
まとめ
経産省では近年、政策として人的資本経営に力を入れています。その背景には、人的資本への投資と業績の関係性に関する調査報告や、海外・国内投資家からの企業の人的資本への関心の高まりなどがあります。また、上場企業においては、有価証券報告書で人的資本に関する情報開示が義務化されました。
人的資本の育成と充実化は、企業にとって喫緊の課題となっているのです。こうした状況変化を前に、私たちはオンライン研修の目的や位置づけを再度設計しなおす必要があるのではないでしょうか。
もしあなたの会社のオンライン研修が単なる行事と化しているのならば、日常業務の中に学びの機会を組み込み、実践につなげる仕組みを工夫してみてはいかがでしょうか。
日常的な業務のコミュニケーションに、既にオンラインツールを活用している職場環境なら、今後オンライン研修と通常業務の境目はあいまいになっていくかもしれません。
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株式会社ソフィア
ラーニングデザイナー
古川 貴啓
組織の風土、行動を変えていく取り組みを企画設計から、実行継続まで支援しています。ワークショップなどの対話を通して新たな気づきを組織に生みだし、新たな取り組みを始めるための支援を得意としています。
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古川 貴啓
組織の風土、行動を変えていく取り組みを企画設計から、実行継続まで支援しています。ワークショップなどの対話を通して新たな気づきを組織に生みだし、新たな取り組みを始めるための支援を得意としています。