バイアスとは?ビジネスシーンにおけるバイアスの注意点や改善方法を解説

偏見や先入観、思い込みで物事を判断してしまうことは誰にでもあります。「バイアス」は、「偏り」「偏見」を表す英語で、普通は否定的に語られます。一方で、バイアスがないと私たちの日常生活は非常に手間がかかり、無駄が多くなってしまいます。例えば、私たちは「今日の昼ご飯に何を食べるのか?」この問いに答えをだす時、それほど深く考えず「自分は洋食が好きだからハンバーグにしよう」とか、「給料が出たから寿司にしよう」といった思考でメニューを決定します。この思考にはバイアスがかかっています。

「バイアス」と呼ばれるこの状態は、日常生活はもちろん、学校・ビジネスシーンなどさまざまな場面で発生します。日常生活のそれほど問題のないバイアスも、重要なビジネスの決定においては大きな損失に繋がる可能性があり注意しなければなりません。
本記事では、バイアスの概要や発生する原因ビジネス上の注意点バイアスの種類哲学者フッサールの現象学などを用いたバイアスの改善方法についてお伝えします。

バイアスとは

バイアスは偏見や思い込みからくる先入観を意味し、思考の偏りや認知・認識の歪みを指す概念です。ビジネスにおいては一般的に、仕事のやり方や社内の人間関係、ビジネスマナーなどに対する偏見・先入観といったニュアンスで用いられています。

バイアスの種類は複数ありますが、どのバイアスの場合でも、各自の経験・思い込み・前例などの影響によって無自覚に陥っており、非合理な判断を下してしまうリスクを含んでいます。無自覚とはいえ自覚的に意識することは可能で、物事を判断する際、バイアスにかかっているかどうか気を付けることはできます。

この無自覚を自覚するにはどうすればいいのか、本記事の鍵となる部分であり、ビジネスでバイアスの影響による損失を出さないよう警戒するためにも、読者の皆さんに学んでほしいテーマです。

バイアスが発生する原因

思考の偏りや認知・認識の歪みを起こしてしまうバイアスですが、発生する原因は大きく分けて2つあります。ここでは、バイアスを発生させる原因「二重過程理論」「ヒューリスティック」について解説します。

二重過程理論が原因

バイアスが発生する原因の1つが、人が思考する際に行っている二重過程による影響です。二重過程理論とは、イスラエル・アメリカ合衆国の心理学者で、行動経済学者でもあるダニエル・カーネマンの著書「ファスト&スロー」の中で紹介され広まった概念で、人の思考をシステム1・システム2の2つのセクションに分けて扱っていることが特徴です。

システム1は、直観的に素早く意思決定を行う思考です。たとえば、ドアを開ける、前から来た自転車を避ける、「おはよう」と言われて「おはよう」と返す、などです。システム1を言い換えるなら反射的・自動的に行う思考とも言え、不便なく日常生活を送ったり、危険を回避したりするために必要な思考です。

システム2は、じっくりと熟考する思考です。たとえば、複雑な計算式を解く、飲食店で新メニューを考える、答えのない哲学的な問答をする、などです。こちらは勉強・仕事・人間関係などにある複雑な問題に対処するための思考で、体力と気力を要する脳の使い方です。

バイアスに陥りやすいのはシステム1の方で、経験や感覚をベースに物事を直観的に決めているため、思考の偏りや認知の歪みに気づかない場合があります。逆にシステム2の場合、熟考によって物事を多角度的に観察したり、深く掘り下げたりするため、バイアスにかかりにくい特性があります。

ヒューリスティックが原因

過去の経験をベースに直観的な判断を下すヒューリスティックと言われる状態も、バイアスが発生する大きな原因です。ヒューリスティックは人間に備わっている機能で、古くは狩猟時代から受け継がれている能力です。主に、猛獣に襲われるなどの危機を、思考を省くことで素早く回避するために備わった能力だと言われており、二重過程理論におけるシステム1にも通ずるものがあります。

ヒューリスティックは本能の一種でもあるため、それ自体を抑え込むことは不可能ですが、現代の日常生活において「このトラブルは同じような出来事が過去にあったから、その時のやり方で対処しよう」といった、過去に上手く行った方法や危機回避の手法を踏襲して、目の前の問題・課題に素早く反応する帰納的な対処法は、日常生活においてはそれほど害がないでしょう。

しかし会社全体に金銭的に大きな影響を与えるビジネス場面で、何の検証も議論も行わず行動に移してしまえば、そこにバイアスが発生し、会社に多大な損失が出る可能性は否定できません。私たちが真にバイアスに注意すべきはこの場面だと言うことを認識しておきましょう。

重大なビジネスの意思決定においては、たとえ目の前の問題・課題が過去の出来事と類似しているとはいえ、過去の経験が解決に活かせるとは限らず、多数派が支持している物事が必ずしも適切かどうかもわからないものです。

ヒューリスティックに関しては、物事に対し一旦立ち止まって考えるようにし、その時々のケースに応じて新しい解決策が必要なのだと考えることが大切です。

重大なビジネスの決定事項を前に、過去の解決法を安易に流用するといった、盲目的なバイアスはあってはなりません。むしろそこには、バイアスによって発生するリスクが必ずあると認識しておく必要があります。

ビジネスにおけるバイアスはなぜ問題とされるのか?

ビジネス上の意思決定は素早さが求められるため、パターンによって対処されるケースが多く、その言動の多くにバイアスが含まれています。ここまでの話ではネガティブな方向でお伝えしたためバイアスを悪い物と考えてしまいがちですが、ここからはポジティブな側面についても触れていきます。

たとえば医師を例に挙げると、もしもバイアスを意識的に排除し、二重過程理論におけるシステム2を起動させ、患者を1人1人親切丁寧に診察したらどうなるでしょうか。たしかに、個々の患者に合わせた治療や処方ができ、医療行為の精度という面では向上しますが、医療業務全体としてはスムーズに回らなくなります。

また、医療を含め、日常業務の意思決定など、スピーディーさを求める仕事は多く、そういった仕事においては、むしろバイアスによる即断即決が有効になる場合も多いのが現実です。

ではビジネスのどういった部分で、バイアスが問題視されるのでしょうか。それは、過去の経験則では適応できない場面や、あるいは完全に過去の経験で対処してはいけない状況・業務に対し、バイアスが働いてしまうケースです。

ビジネス上の不都合なバイアスの影響を小さくするには、まずは自身のバイアスについて客観的に認識することが大切です。そのためには「どういった思考の偏りを生んでいるか?」→「その思考からどのようなアクションを起こしているか?」→「そのアクションはどのような業務に影響を及ぼしているか?」といった自問を忘れず、ビジネス上の自己バイアスへの理解を深めることが第一歩となります。

次にバイアスの可視化のために、バイアスの種類を重要なものに絞って解説していきましょう。

バイアスの種類

バイアスには種類があり、それぞれが指し示す思考の偏りや認知・認識の歪みが異なります。また、バイアスの種類を知っておくことは、どういった場面でバイアスが発生しているか認識する意味でも有用です。ここではバイアスの種類について解説していきます。

正常性バイアス

正常性バイアスとは、予期せぬ事態や、いつもとは違う異常な状況に遭遇した際、自身にとって都合の悪い情報や最悪の事態を軽視し、「たいしたことはない」「自分は大丈夫」などと認識してしまうバイアスです。正常性バイアスが働く理由は、「正常な範囲に納まっている状況」と認識することにより、不穏な出来事から受けるストレスや不安を小さくし、心を守るために機能しています。

同調性バイアス

同調性バイアスとは、判断が必要な場面で迷った際、多数派の取る行動に同調し、みんなと同じ行動を取ることで安心しようとする心理傾向を指します。集団の生き物である人間はかかりやすいバイアスで、たとえ多数派の判断が間違っていたとしても、思考停止で判断を委ねてしまう場合があります。

バンドワゴン効果

同調性バイアスの一種にワンドワゴン効果があります。バンドワゴン効果のバンドワゴンとはパレード先頭の楽隊車を指し、転じて大多数の人の行動や世間の風潮につられてしまう心理効果のことを指します。例えば、流行しているからというだけで新しいファッションや言葉などを取り入れる行動がこれに当てはまります。集団の生き物である人間は、他者と同質化したいという願望を本質的に抱いており、みんなと同じことがしたい、みんなと同じものが欲しいといった心理が作用します。

SNSの普及によりインフルエンサーと呼ばれる影響力の強い言論人が増えました。彼らこそバンドワゴン効果を巧みに使いながら世論を形成している人たちと言っていいでしょう。

後知恵バイアス

後知恵バイアスとは、事の結果を見てから「こうなると思っていた」などと結果を予測していたかのように思い込み、自身の知識・経験・判断能力を過大評価している状態を指します。

後知恵バイアスを防止するには、どのような出来事にも評論家にならず、当事者意識を持って結果を予測することが大切です。そもそもビジネスにおける決定では、同じ結論は存在しないと心にとめるべきです。たとえ同じ結果に至ったとしても、そのプロセスは異なるため、日々取り組むべき課題を、絶えず新しい視点で見ることができるかどうかが成功への鍵となります。

確証バイアス

確証バイアスとは、自身の偏った考え・先入観・仮説を正当化するため、都合の良い情報ばかりを集め、根拠とならない反証する情報を無視したり軽視したりする状態を指します。確証バイアスを防止するには、思考の偏りや視野の狭まりによって物事を決めつけていないか疑う癖をつけることが大切です。

外部からの意見を広く取り入れることも確証バイアスに陥らない為の手段の一つです。社外取締役はこの確証バイアスを減らす目的で置くべきです。確証バイアスに対する批判的な視点や多角視点は葛藤を生む可能性はあるかもしれません。しかし、役員会という最上位の意思決定において批判的な意見や多角的な意見がないとすれば、それは過去の経験則や声の大きい役員の確証バイアスで構築された意思決定であり、上手くいく可能性がないとは言えませんが、学習につながることはありません。

認知バイアス(アンコンシャスバイアス)

認知バイアスはバイアス関連の総称で、生活や仕事など、これまでの経験や環境によって形成された先入観・思い込み・偏見を指します。認知バイアスは誰しもが持っており、思考を簡易化することで日々受け取る情報をシンプルに処理し、脳の負担を小さくするための必要な機能でもあります。

アンコンシャスバイアス(unconscious=無意識的な・bias=偏見)と呼ばれることもあり、中でも「男性は外で仕事をするのが当たり前」「女性は家事と育児をすべき」「女の子はピンク、男の子は青」のような性別による偏見を持った考え方をジェンダーバイアスと呼びます。日本は少子化に直面しており、女性の労働力は社会のあらゆる分野でますます必要とされることは間違いありません。女性の社会進出なくして企業活動が成り立たない日本で、女性への尊敬と配慮は礼儀を超えて必須の前提条件だと言わねばなりません。


生存者バイアス

生存者バイアスとは、成功した結果ばかりに注目して評価し、失敗例については無視する状態や人のことを指します。会社の上位者や優秀者の意見や考え方が支配する会社によくあるバイアス傾向です。「最近の若手は・・」と続く「生存者」である自分と若手を比較し、若手の不得意な部分を指摘し、劣位に置くような言動は、生存者バイアスが原因です。

希少性バイアス

希少性バイアスとは「数が限定されているもの」「珍しいもの」など、手に入りにくい希少性のあるものを価値があると思い込んでしまうバイアスです。数量限定・時間制限・アクセス制限のいずれかの条件を満たしていると発生しやすくなります。

商品・サービスを売るために使われる手法でもあり、たとえば「この時期だけの限定商品」や「残りわずか」などの売り文句を付けることで消費者の持つ希少性バイアスを刺激し、購買意欲に繋げているのをよく見かけます。

権威バイアス

権威バイアスとは、肩書や地位のある、権威性のある人の言動はすべて正しいと思い込んでしまうバイアスです。「有名な人が薦めているのだから良い商品に違いない」「社長が言うやり方だから間違いない」「専門家が発信する情報だから疑う必要はない」など、権威性のある人の言動を鵜呑みにしてしまう状態です。
ところが誰もが知っている通り、専門家でも間違って判断をすることはよくあります。その判断を鵜呑みにして損失が出た時に、その専門家に責任を取らせることなどビジネスではできません。「責任は権威性のある人の意見を鵜呑みにした自分にある」と考えるべきです。そのビジネス判断が重要であればあるほど、権威のある専門家の意見であっても参考程度にとどめ、あくまでも決定の主体は自分自身であることを忘れてはなりません。

内集団バイアス

内集団バイアスは、自身が所属している集団を他の集団よりも肯定的に見たり、高い評価を下したりしてしまう状態を指します。内集団ひいきとも呼ばれ、現在・過去問わず、自身が所属していると認識している場合において帰属意識が働き、内集団バイアスが発露しやすいのが特徴です。内集団バイアスが発生する時、同時に、同調バイアスも併発します。やがて誰も反対意見を言えなくなる雰囲気が醸し出され、これがビジネスの決定にまで影響を及ぼすため、非常に深刻な状態です。

行為者観察者バイアス

行為者観察者バイアスとは、自身の失敗の原因は外部であるとし、対して他者の失敗は本人の内面に原因があると判断するバイアスです。
例えば遅刻をした場合、自身の場合は電車の遅れなど交通網(外部)に原因があるとし、他者の場合は、いい加減な性格(内面の問題)と決めつけるケースです。
簡単に言うと自分のことを棚に上げるバイアスで、無自覚にこうした言動を取っている人は多いものです。よく言われることですが「自分に厳しく」というアドバイスは、この行為者観察者バイアスに陥らない為の戒めです。

自己奉仕バイアス

自己奉仕バイアスとは、物事が成功した場合は自身の能力によるものと考え、失敗した場合は外的要因が理由だと責任転嫁してしまう状態を指します。
たとえば「テストで良い点が取れたのは自分の頭が良いから/テストの点数が悪かったのは教え方が悪いから」「試合に勝ったのは自分の技術や能力のおかげ/試合に負けたのはチームメイトがミスをしたから」などがわかりやすい例です。

心理的リアクタンス

心理的リアクタンスとは指示や命令されたことに対して反発しようとする心理状態を指します。人間は生まれながらにして自分の意志で行動を決定、あるいは選択したいという欲求があり、外部から強要・強制されることに反感を抱く性質があるため発生するバイアスです。

ただし、自分で考える癖を持っているという点では、心理的リアクタンスは悪いとは限りません。大事なことは、自分の意志はちゃんと持ちながらも、他の意見に対して常に胸襟を開いているかどうかです。自分が正しいかどうかに関わらず、他の社員の意見を聴かなくなってしまったら、それは悪い心理的リアクタンスとなります。

ハロー効果

ハロー効果とは、ある1つの目立つ特徴に気を取られ、その他の特徴に関する印象や評価を歪めて捉えてしまうバイアスのことです。後光効果・光背効果とも呼ばれています。

好感度の高い有名人を広告に起用し、商品・サービスのイメージをアップさせようとしたり、身近なところでは、容姿端麗な人を性格が良くて頭も良いと評価したりするなどの例があります。人事評価の中で特に注意すべき内容ですので管理職は気をつけましょう。

コンコルド効果

コンコルド効果とは、費やしてきたお金・労力・時間などが無駄になることを惜しみ、損をする可能性が高いと分かっていながらも、事業の継続や投資を止めることができなくなる状態を指します。
イギリス・フランスで協同事業として運用されていた音速旅客機「コンコルド」の開発投資の事例になぞらえて付けられた名称で、別名でサンクコストバイアス・サンクコスト効果とも呼びます。日本人には馴染みのある「もったいない」精神とも通ずるバイアスで、日常生活・ビジネスなど、さまざまなシーンで起きがちなバイアスです。

投資でもビジネスでも「見切り千両」こそ成功への格言です。失敗したと分かった時点で素直にそれを認め、損失を計上し、そこから撤退し、それ以上傷口を広げないことです。
人の心理として、一般的に利益よりも損失の方がより強く感じられる傾向があります。この傾向があるが故に中々損失を認めることができず、失敗だと分かってきた事業に資金と人員を投入し続けることがよくあります。
日常生活における「もったいない」は美徳かもしれませんが、ビジネス決定における「もったいない」は、更に傷口を広げる可能性があります。失敗だと分かれば、損失が広がらないうちに撤退する勇気と知見を持つことも経営者の資質ではないでしょうか。

アンカリング効果

アンカリングとは、最初に与えられた情報が、その後の判断や決断に影響を与える心理現象のことです。アンカーとは英語で錨(いかり)のことで、船が錨を降ろすとその周辺に船が留まるということから派生した言葉です。

ビジネスにおける商品の価格交渉などでは、最初に高い値段を提案されるとその後の価格交渉でも高い金額で決着してしまう傾向があります。また、市場ではアンカリング効果を利用して、商品価格「¥5,000」を「定価¥10,000円の50%off」などと表現することにより、お得感を演出しているのをよく見かけます。


バイアスが企業にもたらす影響

企業活動において、認知バイアスがもたらす影響は決して軽視できません。認知バイアスは人間の認知の歪みによって起こる思考の傾向のことであり、意思決定や判断に大きな影響を与える要素です。ここからは、認知バイアスが企業に与える悪影響に焦点を当て、どのようにバイアスが企業戦略や意思決定に悪影響を及ぼすかを探求します。

採用におけるバイアス

特定の大学出身者を採用、リクルート担当者と同じスポーツ部出身者を採用、人種やジェンダーに偏りのある採用、など特定の属性や価値観を持つ人材だけを採用すると、組織内の多様性が失われ、新しいアイデアや視点が生まれにくくなります。変化の激しい現代において、多様な人材がいない組織は柔軟性や適応力を欠き、競争力の低下を招く可能性があります。

人事評価におけるバイアス

「同じ出身地・出身校など同じ属性の部下は他の社員よりも優遇して扱う」といったバイアスのかかった人事評価が常態化している場合、不当に低い評価を受けた従業員はモチベーションを大きく低下させます。評価の公平性が薄れることで従業員間に不公平感が広がり、組織全体の士気も低下します。能力や実績が正しく評価されない環境では、優秀な人材ほど不満を抱き、より公正な評価を行う企業へと流出する可能性が高いでしょう。


バイアスの改善方法

バイアスはそれ自体をなくすことは不可能ですが、その存在を認識し、自身の思考の流れを常に意識することで改善することは可能です。では、バイアスの改善方法にはどのような手段があるのでしょうか。

前提を疑う

バイアスを改善する上で大切なのが、「物事に対する自身の思考」=「前提」に、偏見・先入観・思い込みが混ざっていないかチェックすることです。まず、人間は必ずバイアスがかかっているという前提に立ち、思考の根拠・物事の因果関係などをしっかり吟味することが第一歩となります。

その際、自身の意見を過信せず、他の人の意見や判断なども聞き入れ、物事に対する多角度的な見方・見識を用意することが大切です。自身を含めた誰の意見も鵜呑みにせず、出揃った個々の意見を横並びにさせ、総合的に判断するという意識を強く持つようにしましょう。

現象学の必要性

フッサールの現象学を用いたアプローチは、バイアスの改善に役立つ1つの方法論です。
バイアスは個々の主観的な経験をベースに、自然発生的に気づいたら陥っている心理状態です。同じように主観的な経験にフォーカスし、一旦世界をあえて判断しない方向で捉え直す現象学は、バイアスの根本に到達し、捉われから逃れる手段として有効です。

フッサールは、1859年に生まれたドイツの哲学者です。同い年にフランスの哲学者ベルクソンがいます。フッサールは、最初は数学を志し、数学の厳密性によって、世界観を創ろうとしました。その過程で、人の認識にとっては、数学よりも哲学の方が、より根本的だと気づき、数学から哲学へと研究テーマと変えた人でもあります。

フッサールが現象学という学問で取り組んだことは、人が世界に対して何かを認識する時、その認識が自分だけではなく他人にとっても同じ認識である、という事をどうやって保証するのか?という問題でした。この共通のモノを認識しているという保証がなければ、私たちは同じモノをみていても、違う認識をしていることになり、伝達不可能となってしまいます。

たとえば、テーブルの上にリンゴがあったとして、そのリンゴを誰もが全く同じように認識してこそリンゴとは何か 、リンゴとは何の役に立つのか、という議論も可能になります。フッサールはいわば、この議論の土台を現象学という学問で追及したと言っていいでしょう。彼の言葉で言えば「現象学こそ、全ての学問の土台である」ということです。

19世紀から20世紀にかけて、テクノロジーが大きく進歩しました。そのテクノロジーを人間が使うとき、正しい認識をしていないと大きな害が出る状態になってきました。ちょうど、20世紀前半は2つの世界大戦の時代であり、この時代にフッサールが現象学を唱え、「諸学問の危機」を訴えたことは偶然ではありません。 如何にしたら、純粋で混じりけのない認識を他の人と共有できるのでしょうか。 詳しくは後述のエポケーの適用にて解説します。

エポケーの適用

フッサールの現象学で重要になるのがエポケー(判断を保留するというギリシャ語)ですが、バイアスを構成する要素である先入観・偏見・予断をストップさせることにも有効に機能します。
現象学では、とりあえずエポケーによって今置かれている状況や外部世界の状態を判断せず、保留にしておくことが純粋な認識に到達するアプローチです。

たとえば、窓に虫がとまっていると思ったら汚れだった、というような経験は誰にでもあります。 現象学(エポケー)の方法では、対象が虫であっても汚れであっても、そのことは一旦置いておいて、最初は虫だと思い、その後汚れだと思った自分の認識そのものに集中していきます。これを、現象学では「対象をカッコでくくる」と表現します。対象そのものは重要ではなくなり、その対象をどう認識しているかという認識の行動の方が重要になってきます。

分かりやすく言えば、自分のそばにもう一人の自分がいて、そのもう一人の自分が、自分の認識をそばで見ながら、いちいちノートに書きこんでいる状態が現象学の方法です。もう一人の自分は対象を見る必要はありません。自分が対象を見ているその認識方法を第三者の立場から客観的に写し取っていきます。このことによって、自分がそれまで持っていた個人的な見解、偏見、間違いに気づき、より純粋で、より直感的な認識に近づきます。

意識の対象をカッコに入れて(視界から追いやり)、その対象への自分の認識に焦点をあてることで対象がよりクリアに、より現実に近く浮きあがります。フッサールはこの状態を、「事物そのものへ!」という標語で表しました。

エポケーを用いることで、バイアスに捉われた時の思考の流れ自体を客観的・第三者的に捉え、自身の意識にバイアスがどのような影響を与えているか観察することができます。その結果、バイアスの除去に繋げることができるでしょう。

「ラベリング」

仏教の瞑想法に、「ラベリング」として知られる方法があります。仏教はインドで生まれ、チベット中国経由で日本に伝わった大乗仏教と、東南アジア経由で伝わった小乗仏教の2つがあります。このうち小乗仏教のことを上座部仏教と呼び、この上座仏教の瞑想の方法が「ラベリング」です。

瞑想中に様々な雑念や記憶、イメージが頭の中に思い浮かびます。一般的には瞑想の妨げになるという理由でそうした雑念は押さえつけますが上座仏教のラベリングでは雑念が浮かんでも、浮かぶに任せ、その代わりに浮かんだ雑念に一つ一つラベルを貼っていきます。たとえば「もう一人の自分が自分の雑念を客観的にラベリングしている」という状態を目指します。

先程の現象学の方法にも似て、雑念そのものは重要ではなく、その雑念を認識し、ラベリングしているその方法そのものが重要であるという考え方です。これは「ヴィパサナ瞑想」とも呼ばれ、自分の雑念に、第三者的にアプローチすることで、その雑念をよりクリアにし、クリアにすることによって、その雑念を次に生じなくさせる方法です。
このラベリングは、座禅を組んで目を瞑る本格的な瞑想ではなくても、歩きながらでも、立ったままでも、やろうと思えばできる瞑想法で、これによってより思考がクリアになり、バイアスを減らすことができたという声も多く聞かれます。

ビジネスパーソンがよく使う「メタ認知」と言いうキーワードがあります。この言葉は、自分を客観視しようという意味であり、これも重要なことです。

しかし今回の記事で考えてきたように客観視だけでは足りません。客観視した自分の認識を言語化し、ノートに書いてみたり、ラベルを付けたりするといったもう一つの作業が必要です。このもう一つの作業を今回ご紹介した現象学や上座部仏教が教えてくれています。

このように、自分の思考を観察するもう一人の自分を置き、次に自分の行いを客観的に書き留めていくという行為自体が、実は仕事においても社会生活においても、バイアスを除去する方法として有用であるということを確認していきましょう。

事実と人の意見は別物と考える

自分自身を含め、人の意見と起こった事実は別物だと考え、分けて捉えることもバイアスの改善方法として有効です。「それはあなたの感想ですよね」といった言葉が流行しましたが、起こった事実と意見(感想)を分けられていないことは思っている以上に多いものです。

また、日本人は明確な判断を下すことに抵抗感を抱きがちで、グレーな状態にしておくことを好む傾向にあります。農耕や村社会の形成など、協力関係=和を重んじてきた日本人は他者と対立することを嫌うので、曖昧な表現が多く、そのことにより相手の感情や主張が見えづらくなり認知バイアスにかかりやすいという土壌があります。

バイアスは意識的に思考する脳機能ではなく、身体動作の癖に近い直感的な側面もあるため、バイアスについて学習しただけでは改善することはできません。重要なポイントは、いかに客観的に自分自身を見つめ、思考の偏りに気づけるかどうかであり、意見と事実を分けることはその第一歩となるでしょう。

まとめ

「バイアス」は思考の偏りや認知・認識の歪みによって判断力の質を低下させます。とくに災害時やビジネスシーンなど、状況によっては致命的な結果を招く可能性があるので注意しなければなりません。

ただし、バイアスは必ずしもデメリットばかりではなく、熟考を省くことでスピーディーに物事を判断し、対処できるといったメリットもあります。ある程度手順が決まっている仕事や、質よりも手数・行動の速度が求められる場面ではバイアスによる判断が機能していることは多々あります。

しかし、クリエイティブな仕事や価値を産み出す仕事においては、バイアスは百害あって一利なしです。世界を曇りなき眼で認識できてこそ、次のビジネス決定も投資分野の選定も、より客観的に正確にできるものです。

バイアスと上手く付き合うためには、バイアスが弊害になる「過去の経験則では適応できない場面」や「完全に過去の経験で対処してはいけない状況・業務」を見極め、その時々で意識的に対処することです。
本記事でお伝えしたバイアスの種類・改善方法を参考にし、リスクに繋がるバイアスを防止していただければと思います。

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