これからのコーポレートコミュニケーションは伝える・つながる・刺激する―IABC世界大会2025レポートIABC APAC Conference “FUSION 2025”

2025年3月、ビジネスコミュニケーターの国際団体International Association of Business Communicators(IABC)のアジア太平洋地域大会「FUSION 2025」がフィリピン・マニラで開催され、大会には8か国184名のコミュニケーターとビジネスリーダーが集いました。

今回のテーマは『Communicate, Connect, Catalyse(伝える・つながる・刺激するコミュニケーション)』
世界やアジア圏内の社内コミュニケーションの最新事例や、講演内容を築地 健(IABCジャパンチャプター・プレジデント)によるレポートをお送りします。

IABC APAC Conference “FUSION 2025” 参加レポート

多様性と成長が交差するAPAC

APAC(Asia-Pacific)=アジア太平洋地域は、経済成長率の予測は、豪州(2025年予測)2.0%に対し、ASEANで同4.7%と相対的に高く、また、15歳から34歳の若い世代が域内人口の三分の1を占めていると言われており、労働人口も消費も拡大が続いています。

APACは、文化面、経済面で驚異的な多様性を持ちます。その複雑さ故に「APAC」という括りで地域を理解することは難しいかもしれませんが、地理的にも時差的にも近くに存在し、相互コラボレーションの伸びしろが多く残されています。
そして、この地域で働く人々が多様であるからこそ、協働のための相互理解や自己理解の必要性が高く、コミュニケーションプロフェッショナルが腕を鳴らす、チャレンジングな環境であるといえます。
その点において、このように域内でプロフェッショナル集団がアジェンダを持ち寄る意義はあるといえましょう。

我々日本人にしても、諸外国から見れば日本こそ特異で神秘的であるそうです。その日本企業が日本本社から海外のステークホルダーに対して発信する場合には、日本が特殊に見られているという前提を忘れてしまいがちです。

多様性時代に浮かび上がる“ギャップ”──リーダーシップとコミュニケーションの再構築

豪州、インド、マレーシア、そしてフィリピンの参加者がそれぞれの文化をまといながら参加しているので、会場の雰囲気もエキゾチックでした。
視覚的にも多様性を感じながら、講演の主題は、多様性の中でのリーダーシップ、コミュニケーション論であったとふりかえります。

多様性の文脈の中で、何度も耳にすることになったのは「ギャップ」でした。

IABCフェローで自らコミュニケーション集団を率いる豪州のゾラ・アーティス氏は、「世代間ギャップ」が意識されるようになってから、マルチ世代型ワークフォースの組み立てやサステナビリティを前提としてリーダーシップ論について講演する機会が増えていることを紹介し、「リーダーにはかなり厳しい時代」であると告白しました。

いまや、リーダー層は「意欲(「管理職をやりたい」)だけでは足りず、自信(「管理職をやれる」)という自己意識の高まりが必要な時代であると分析します。

ゾラ・アーティス氏の掲げる4つのイシュー

  1. Uncertainty and Complexity 不確実性と複雑性によるコミュニケーションの混乱
  2. Declining trust 情報過多時代における信用の衰退
  3. Cultural expectations and reality 企業文化への期待と現実のギャップ
  4. Leadership confidence gap リーダーシップについての自己肯定感・自己確信のギャップ(また、ジェンダー間ギャップの開き)

リーダーへの信頼は低下しており、コミュニケーションの専門家はそれを再構築する上で重要な役割を果たすが、前提として2つの戦略性を持ち込む必要があると説きました。

1つ目_Develop leadership communication capabilities

コミュニケーション投資を増やす、という前提条件です。
私も日々のクライアント様との会話の中で、多くの日本企業もこれを理解していますが、正直なところ、優先順位を劣後にしたままにしているように思えます。

2つ目_use velocity

自分たちがどのくらい発信やコミュニケーションをしているかを数量的に計測し続けることです。広報アクションの予実管理です。

メル・ロイ氏は、「経済市場全体で急速な変革が進む中、企業は「変革疲れ」や「プレゼンティーイズム(出社していても生産性が低い状態)」に対応しなければならない」とし、チェンジコミュニケーションのために、調整(アライメント)、包括性(インクルージョン)、心理的安全性(サイコロジカル・セーフティ)に焦点を当て、抵抗を減らすのが三大ポイントであるとゾラ氏の議論を続けました。

先に挙げた、自己肯定感・自己確信については、Global woman in PRのメリッサ・アルラペン氏がジェンダー間のギャップについて深堀りをし「PR業界は60~66%の労働者が女性だが、管理職/役員の職位では6割が男性である」と紹介し、その理由として、そもそも管理職のみならず、女性が上級職になるために十分に自己確信できるような環境がないという研究が報告されました。

メイコ・マカパガス氏とマリジア・セーガー氏(カナダ・ブリティッシュコロンビア)は、世代を横断してコミュニケーションをする上での戦略的なチャネルマネジメントの必要性を説きました。
コミュニケーターは、この目的のために世代ギャップの橋渡しに役割を負う。
そのために戦略的にオーディエンスに応じたチャネル(伝達手段)の設定を行う必要があるので、コミュニケーションチームにもまた多様性の時代を生きるには、様々なチャンネルの知識が必要で、それを理解するメンバーを仲間に加えておく必要があると思います。

インドのバンガロールのエグゼクティブコーチであるアンシュマン・クマール氏は、多様なステークホルダーに対して「パーソナライゼーションは、(広報分野においても)新たなスタンダードである」として、対面コミュニケーションとストーリーテリングの可用性をカンファレンスで言及。
対面コミュニケーションやパーソナライゼーションを進めていくなかで、コミュニケーターは「企業ブランドを広げたり、体現していくアンバサダーやカタリストを増やしていくという信念が大切だ」としました。

AIと共創する時代に、プロとしての軸を持つ

この多様性時代を乗り切るうえで、AIを活かすことがしばしば示されます。

インドチャプターのスバモイ・ダス氏が、コミュニケーション担当者が先を見越して活用すべきAIツールを紹介するのに続いて、コミュニケーターの新たな役割の可能性について話を聞く機会にも恵まれました。

AIが仕事をする上で、コミュニケーターの仕事も拡大を広げており、生成AIのプロンプトマネージャーをチームに配置するケースを聞いたかと思いきや、休憩時に知り合った方には、プロジェクトスコープマネジメントに力を注ぐコンサルタントがいました。

AIは意思決定やコンテンツ作成を強化できますが、職業人としてはその倫理的使用を確保することが重要であることが語られます。かつてのIABCグローバルチェアでフェローのエイドリアン・クロプレイ氏は、AIについてのパネルディスカッションでIABCのAIポリシーを紹介しました。

IABC AI原則」 の和訳

私が使用するAIリソースは、人間によって主導され、尊重と信頼を育み、前向きかつ透明性のある体験を創出するものでなければなりません。私は、AIツールがもたらす専門的な機会とリスクについて常に最新の情報を把握しておく必要があります。

  • 私は正確で、公平かつ中立な情報を伝えます。
     AIツールには、誤り、不整合、その他技術的な問題が多く存在する可能性があります。したがって、AIが生成したコンテンツが正確で透明性があり、盗用ではないことを人間の判断によって独自に確認する必要があります。
  • コミュニケーションの専門職として、
     私は、自身が活動する地域の法律、規制、企業のガバナンスポリシーを順守し、AI生成情報の伝達に関する規定を守ります。
  • 私はAIのプロンプトや検索に、機密情報や専有情報を使用しません。
     他者の個人情報や機密情報を保護し、本人の許可なく使用することはありません。
  • 私は、AIから得た成果物を、人間主導による対話や、私が支えるコミュニティへの理解に基づいて評価します。
     可能な限り偏見を排除し、他者の文化的価値観や信念に配慮します。
  • 私はAIが生成したコンテンツについて責任を持ち、
     専門職として必要な厳密さをもって、第三者の資料、情報、引用元などが正確であり、必要な出典表記や許可、ライセンスを取得していることを独自に事実確認・検証します。私は、専門的な成果物においてAIの使用を隠したり偽ったりしません。
  • 私は、AI生成コンテンツに機密情報を使用しません。
     AIのオープンソース性および機密保持に関する課題、ならびに虚偽・誤解を招く・誤導するような情報の入力についても認識しています。

ヒマント・ガウレ氏は、AI台頭の中で、Dave(化粧品会社)のCM動画を紹介し、AIに対するコミュニケーターの存在意義を強調します。多様性に対する挑戦、人の尊厳とあり方を会場のオーディエンスに訴えました。

※URLリンクを用意しました。同社の人間の美に対する追求への想いが伝わってきますので、ご視聴ください。

まとめ

「インフォメーションはコミュニケーションではない。」2024年度コミュニケーター・オブ・ザ・イヤー・アワード受賞者のフェリペ・L・ゴゾン氏の言葉はその通りです。

「つながりこそがコミュニケーションにおけるHuge Point(重要課題)である」

自分自身がどのような存在でありたいのか、そして、どのようなつながりを求めていくのかを考えることも個人として大切なことです。
多様な人々をつなぐ。つながりそのものをつくるというミッションを抱えつつも、自らのパーソナルブランディングとデジタルプレゼンスをハンドリングしていくことは、今を生き抜く手段として強調されます。

コミュニケーションの未来は、AIによって強化され、ストーリーテリングを軸にし、そして深く「人間的」であることが求められています。
プロフェッショナルとして、私たちの役割は単なるメッセージ発信にとどまらず、信頼、文化、戦略的方向性を形成することにあります。

最後に、大会の中で行われたショートワークの問いを紹介します。
「コミュニケーションにおいて最も重要な要素とは何でしょうか?」そして、「それはなぜ重要なのでしょうか?」という問いがあり、参加者たちはテーブル内で考えをシェアしました。
あなたなら、なんと発言しますか?

株式会社ソフィア

取締役、シニア コミュニケーションコンサルタント

築地 健

インターナルコミュニケーションの現状把握から戦略策定、ツール導入支援まで幅広く担当しています。昨今では、DX推進のためのチェンジマネジメント支援も行っています。国際団体IABC日本支部の代表を務めています。

株式会社ソフィア

取締役、シニア コミュニケーションコンサルタント

築地 健

インターナルコミュニケーションの現状把握から戦略策定、ツール導入支援まで幅広く担当しています。昨今では、DX推進のためのチェンジマネジメント支援も行っています。国際団体IABC日本支部の代表を務めています。

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