ビジネスの変革を問われるとき、組織はどう変わるべきか?
目次
なぜ今、「体験(エクスペリエンス)」が大切なのか?
世界中のサービスデザイン関係者が集まるサービスデザイン・ネットワーク(以下、SDN)のグローバル・カンファレンス(以下、SDGC)2016における、欧州の超大手製造業によるプレゼンテーションでの一言だ。近年、市場にモノやサービスが溢れ、消費者が物質的に豊かになるにつれて、顧客の感じる価値は「モノ」から「体験」へと移ってきている。それによって企業は、顧客に提供しているものを「商品」といった枠でとらえるのではなく、商品の使い勝手(ユーザー・エクスペリエンス :UX)、さらには検討・購入から所有・利用・アフターフォローまでのやりとりを含む顧客の体験(カスタマ・エクスペリエンス: CX)まで、商品に関わる体験全体に注意を払って価値提供を行う必要が出てきた。それゆえ、顧客の潜在的なニーズや周辺の困り事に着目して課題を解決していく「デザイン思考」を取り入れて、企業のサービスや製品を改善・開発する手法であるサービスデザインが注目され始めている。 SDGCでの事例発表によると、海外では銀行やIT企業、政府や医療機関などにおいてもサービスデザインの導入・活用が進んでいる。特にイギリス政府では800人のサービスデザイナーを雇用しているという発表もあった。多くの国では、新興企業だけでなくさまざまな業種業態で、顧客の体験をベースにしたビジネス、サービスの変革が着々と進行している。
従業員の体験(エンプロイー・エクスペリエンス)がキーワード
SDNでは定期刊行物等を通して2012年頃から「より良い顧客体験を生み出すためには、いかに顧客志向型の組織への変革が必要か」が語られてきたようだ。私自身は2016年にSDNの会員になり、2016年と2017年のSDGCに参加した。2017年のテーマは「Service Design at Scale」。組織に対して、より広範囲に浸透・拡大(Scale)させていくために組織風土や組織構造、業務フローへとどのようにサービスデザインの考え方やプロセスを組み込んでいくのか、ということを扱ったセッションが増え、内容も2016年より具体的になっていたように思う。
例えば、「顧客の体験(カスタマ・エクスペリエンス)のプロジェクトに従業員の体験(エンプロイー・エクスペリエンス)を絡める取り組み」「サービスデザインファームを買収した銀行の事業変革の取り組み」「保険会社のサービスデザインを組織機能として取り込む動き」「サービスデザインによる顧客志向風土への変革プロセス」などが取り上げられていた。どのケースにおいても、さまざまな構造変革や取り組みによって、サービスデザインの考え方を企業文化へと根付かせる努力を行っている。また、サービスデザインをオフィス環境や働き方変革に生かす事例、イノベーション創出に向けた企業風土へと変革するために活用した事例、大企業のイントレプレナーシップに生かす事例、人事部によるHR戦略の構築にサービスデザインを活用するという発表もあった。詳しくは、SDGC 2017のウェブサイトを参照してほしい 。
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この中で私が特に興味深く感じたのは、サービスデザインと従業員の体験(エンプロイー・エクスペリエンス)とのつながりである。私は自社の生業として組織変革、組織開発、インナーブランディング、インターナルコミュニケーションといった分野に携わっている。これらは「組織を活性化させ、ビジョンや戦略に向かって一丸となって動けるようにするためにどのように社員や組織にアプローチするか」言い換えると「従業員エンゲージメント」と「従業員の体験」を扱っているともいえる。一方、ここ数年で、サービス開発やマーケティング支援といったサービスデザインに関わるプロジェクトも引き受けるようになり、「顧客の体験(カスタマ・エクスぺリエンス)」と「従業員の体験(エンプロイー・エクスペリエンス)」には重要な関係性があると感じてきた。
SDGC 2017のあるセッションでは、「サービスデザインのプロジェクトは55%が失敗し、その原因の66%はEmployee Adoption(従業員による受け入れ)の不足によるもの」との結果が報告されている。顧客の体験に関わる一連のサービスをデザインするならば、実際にサービスを生み出し、提供する従業員や組織を置き去りにして成功はありえない。
より良いサービスを顧客に提供し続けるためには、組織に対する従業員のエンゲージメントが大切だ。従業員一人ひとりが顧客へより良いサービスを提供したいと考え、これまでの考え方や仕事のやり方を変えていく意思を持つこと。そのために、組織構造や制度、職場環境、業務プロセスを見直し、市場や顧客の変化に応じて柔軟に変わっていく組織風土を作り上げていくこと。サービスデザインの分野でも「従業員の体験(エンプロイー・エクスペリエンス)」に着目し、改善していくことが求められているのだ。
サービスデザインと組織変革、双方の仕事から見えてくること
仕事をする中で、サービスデザインと従業員の体験の可能性に気付くきっかけとなった出来事がある。
とある企業で、現場で働く店舗スタッフとともに新規サービスの創出プロジェクトに取り組んでいた時のことだ。まず、サービスをデザインするために、顧客や市場を洞察し、自社の能力や強み・価値観を把握し、何が顧客に提供できる価値なのかを考えた。そして、このプロセスを体験することが、関わったスタッフにとってはあらためて自社の理念を再確認させることになった。自分たちの会社や仕事がどのように社会に役立っているのか、今後どのように役立っていくべきなのかを、日々の仕事を通して考え、実践するきっかけにつながったのだ。これは私にとっては、「通常、理念浸透や価値観共有は人事部・経営企画部・広報部といった企業の本社部門のミッションとされるが、実は事業部門の実務を通じても行われるのだ」ということに思い至った瞬間だった。一方、その企業では同時期に人事部主導の理念浸透研修が実施されており、非常に複雑な気持ちになったことを憶えている。
先述したとおり、私が仕事で携わっている組織変革やインナーブランディングといったものは「従業員エンゲージメント」や「従業員の体験」を作り出すものでもある。これらは常に本社の管理部門からスタートし、現場に考え方を浸透させていく手法、いわばトップダウンが主流だ。一方、サービスデザインの仕事は、事業部門の顧客接点の現場などからスタートし、それを全社にスケールさせていく、どちらかというとボトムアップの動きが主となる。双方はいつも「理念や方針が現場に届かない、浸透しない」「顧客に向けて新しい取り組みをしたいのに本社が動かない、変わらない」という悩みを抱えている。
しかし実は両者とも、目指している場所は同じはずなのだ。「顧客価値を高め続ける」ために、理念やビジョンを起点としてマインドを高めることで行動に繋げる取り組みを行うか、市場や顧客の体験価値を起点として体感的に事業を推進するかの違いだけなのである。それなのに多くの企業では両者はバラバラに進められて交わることがなく、むしろ本社と現場という構図においては互いに悩みの種にすらなっているのだ。この顧客の体験のための取り組みと従業員の体験のための取り組みの分断こそが、次の姿を目指す各企業の課題となるのではないだろうか。
顧客体験と組織変革の交差する場所を作れ
どうすれば、顧客の体験と従業員の体験をつなぎ、組織と企業価値に変革をもたらすことができるのだろうか。組織構造や制度、業務プロセスを変えることは決して簡単ではないし、それだけでは本当の変革をなしとげることはできない。ここで重要なのは、組織内のコミュニケーションだ。組織を変えるよりもまず、従業員が「このままではいけない、変わらなければならない」ということに気付くよう、さまざまな接点で働きかけるのだ。問題意識に火をつけるためには、論理も重要だが、ストーリーの力が必要なのではないだろうか。顧客が感じる価値こそが会社の生命線であることを訴求し、顧客価値を最大化する社員の行動を引き出していくべきだ。
たとえば、現場におけるサービス提供のあり方を見直す取り組みを始めてはどうだろうか。そして、それを理念やビジョン・戦略の浸透活動にもつなげていくのだ。事業部門で進んでいる商品・サービスの改善活動を、理念やビジョン・戦略の実践事例として全社に共有してもよいかもしれない。そのためには、本社部門の経営企画、広報や人事といった部署が事業部門と連携していくことが必要となる。最前線で働く事業部門の従業員が、「ビジョン・戦略を理解し実践することが顧客の体験価値にどうつながるのか」を語り合い、顧客価値を高める取り組みを実践する機会をつくることで、「顧客を起点とした組織変革」が実現する。そうすれば、間違いなく事業成長は加速する。
「従業員の体験」に関わるサービスを提供する立場である企業のコーポレート部門と、「顧客の体験」に関わるサービスを提供する事業部門が一体となって企業の価値を作り出していく。市場や環境の変化により、企業が事業の変革を余儀なくされている今こそ、顧客志向の組織風土へと成長を遂げ、一枚岩の強い組織を作っていくチャンスといえるのではないだろうか。
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株式会社ソフィア
代表取締役社長、チーフコミュニケーションオフィサー
廣田 拓也
異なる世界にある共通項を見つけて分断をつなぐことが得意です。最近ではソフィアがこれまで培ってきたノウハウやテクノロジーを活用し、地域の教育分野に力を注いでいます。思考回路と判断基準は、それが面白いかどうか。そして指示命令は、するのも、されるのも嫌いです。だけど、応援を要請されたら馬車馬のように動きます。
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