守備範囲を超えていけ! 遊撃手人材インタビュー 第3回日本アイ・ビー・エム株式会社・八木橋 パチ 昌也さん “飼い馴らされない野鴨”の精神をつらぬく

急速に変化する社会の中で組織が生き残っていくためには、型にはまらない自由な発想と行動力をもつ人材が不可欠です。このコーナーでは、大企業の社員でありながら、自分の仕事の範囲を超えた取り組みで社会に影響を与えてきた方々(遊撃手型人材)に、どのようにして困難を乗り越え、取り組みを進めてきたのかを伺い、こうした人材が育つ組織のあり方を探ります。

第3回は、日本アイ・ビー・エム株式会社(以下「IBM」)で「パチさん」の相性で親しまれ、同社の新しい働き方のトランスフォーメーション・コンサルタントとして、数々の社内改革を実践してきた八木橋さん(以下「パチさん」)をご紹介。幸せな人と組織を増やすため、新しい働き方を提案する活動を社内外で精力的に行なっています。自分が、みんなが、ハッピーに働ける社会を貪欲に追い求めて全力疾走するパチさんに、挑戦を続けるパワーの源やマインドを中心にお話を伺いました。

取材実施日:2018年6月13日

日本アイ・ビー・エム株式会社の八木橋・パチ・昌也さん

【今回の遊撃手】
日本アイ・ビー・エム株式会社
コラボレーション・エナジャイザー
八木橋 パチ 昌也さん
(インタビュアー:森口 静香)

〈略歴〉
1969年生まれ。バンド活動、海外放浪生活などを経て、大手Webマーケティング企業でのWebプランナーとして36歳で人生で初めて正社員として就職。その1年後の2008年にIBM入社。コラボレーション・エナジャイザーとして社内外におけるコラボレーションツールのトレーニングおよびコンサルティングを担当。

同僚の「あなたの存在自体が勇気」という言葉に、自分の価値を実感

森口
まずはIBMでのパチさんのお仕事内容について教えてください。「コラボレーション・エナジャイザー」って聞きなれない役職ですね。
パチさん
うん、なんせ世界でぼくひとりだからね。自分でつけたタイトルなんですが、世界初じゃないといやだ! と思ってググって調べたもん(笑)。コラボレーション・エナジャイザーのメインの仕事は、ソーシャル・コラボレーション・ツールやソフトウェアの社内トレーニングや社外へのコンサルティングを通して、みなさんにパワーを注入すること。社内の人に対して、基本的な使い方はもちろん、それらを自分たちの業務に効果的に生かしたり、お客さまに自社製品や取り扱い商材を提案できるようにすることなどを目的としたトレーニングが多いですね。
森口
ウェブ・プランナーとして中国のウェブ制作チーム立ち上げを担当したり、社内SNSの立ち上げおよび推進するプロジェクト・リーダーを務めたりなど、初の試みとなる社内改革やプロジェクトにも積極的に参加してきたそうですね。
パチさん
自分にとって未知の世界でも、「やれると思いますよ」って引き受けちゃうことが多い(笑)。中国のプロジェクトのときも走り出してからウェブのことを猛勉強したし、SNSも興味はあったけど当時は一度も使ったことがなくて、知識はほぼゼロの状態からスタートしました。日本では導入する企業がまだ一握りしかなかったような時代で、社内的には大変そうだしうまくいかないんじゃない?っていう空気が流れていて。誰もやらないなら自分がやろうかなって。
森口
全然知らない分野でも、「誰もやらないなら手をあげる」という意気込みがすごいですね。ちょっとでも聞きかじっていたり、似た経験があるなら挙手しやすいとは思うのですが……。昔からそうだったんですか?
パチさん
うーん……思い返すと、ぼくをいつも信頼し、肯定してくれた家族の中で育ったというのが、自分という人間のベースをつくったのかもしれないな。ぼくは子どもの頃から、無意味なルールなど納得できないことがあると、納得するまで先生と闘う子だったんです。「この子はロクな大人になりませんよ」と母を学校に呼び出して吐き捨てる先生に、「やったことは申し訳ないですが、今の言葉は取り消してください」と反論する母、「昌也はこれでいいんだよ」といつも認めてくれる姉。そんな風に、根底の部分でおれを信頼し、守ってくれていた家族の存在が大きく影響しているんじゃないかな。
森口
納得できないことに立ち向かう気概を子どもの頃からすでに持っていたんですね(笑)。そんなパチさんは、最もワイルドに生きている野鴨「ワイルデスト・ダック」を決める社内コンテストで見事選出されたそうですね。こちらはどんなコンテストだったんでしょうか。
パチさん
IBM創立80周年の際に「飼い馴らされるな、野鴨たれ」というIBMの精神を受け継いでいる社員を讃えるコンテストが開催されて、そこで選出されたんです。新しいプロジェクトを立ち上げたとか、従来のIBMにはない発想や新しいやり方でビジネスを発展させたとか、何かおもしろいことをしでかしそうとか、そういう基準で他薦してもらいました。とても名誉だと思うし、「パチさんは存在自体が勇気を与えていますよね」って同僚に言ってもらえて感激しましたね。
IBMでの自分の真の役割ってまさにこれだなと、最近よく感じるんです。こういう考え方の人がまだIBMにいるんだ、こういうやり方をしてもクビにならないんだ……と他の社員に勇気を持ってもらえることが、ぼくがIBMに最も大きな価値を提供していることなんじゃないかな。

「自分らしくいられる」幸せを追求するのって、そんなに悪いこと?

日本アイ・ビー・エム株式会社の八木橋・パチ・昌也さん

森口
新しいことをやったり、既存のやり方を変えたりするのってけっこう勇気が必要なことだと思うんですけど、臆することってないんですか。パチさんの原動力って何なんでしょう。
パチさん
実はけっこう足すくみ屋さんですよ。新しいプロジェクト立ち上げなどでは、直感的に「はい、おれやります」って手をあげたりするんですが、後から「やっべー! やったことないのにできるのかな?」って毎回焦っています。でも、チャレンジしないと、もうひとりの自分が「ここで手をあげるのがおまえだよな?」「おいおい、おまえはチャレンジしない奴だっけ?」ってけしかけて来てうるさいんですよ(笑)。
原動力となっているものは、ズバリ「幸福感の追求」。とてもシンプルです。新しいことにチャレンジすること、人とつながること、誰かの役に立てること……それらが自分のアイデンティティなので、やらないとハッピーじゃないし、それが逆に恐怖ともいえるかな。でも、幸せを感じられなさそうなことには、絶対に手を出しません。何をするにも「これは幸せを追い求めているのか?」ということがおれのモノサシなんですね。
森口
日本では幸せを求めるのを遠慮したり、自分を押し殺して我慢したりする文化が根強いですよね。滅私奉公のような。幸せになりたくない人なんて絶対にいないし、幸せになるのはいいことのはずなのにね。
パチさん
おれはむしろ、幸福を貪欲に追い求めているけどね(笑)。ソーシャルメディアを積極的に活用していろいろな人とつながったり、ワークショップでファシリテーターを引き受けたりするのも、幅広く活動しているように見えるかもしれませんが、それらは全部「幸せを追い求めること」につながっているんです。
ソーシャルメディアは、自分の趣味や好きな食べ物、好きな映画、考えていること、主張など、自分らしさをオープンにできるツールですよね。ワークショップは、ただ黙って人の話を聞いたり資料を眺めたりして終わりというわけにはいかず、自分の内側にある考えを引っ張り出して発言する場です。ソーシャルメディアやワークショップで自己開示ができることって自分自身も幸福だけど、誰かのためにそういう機会を増やすお手伝いができることも、幸福度を高めてくれるんです。やっぱりおれの中では、何をするにも自分らしくいることが大事、みんなにも自分らしさを出してほしいっていう考えが強いんですね。

自分という極狭な世界での完璧主義になっていないか?

森口
とはいえ、仕事において 自分らしさってなかなか出しにくいのかもしれないですね。これまた日本人特有の奥ゆかしさが悪い方に働いて、「いえいえ、私なんて……」って謙遜しちゃう人も多いと感じます。
パチさん
ありがちですよね。でも、自分のことも他人のことも、本当はもっともっと褒めた方がいい。そうした方がむしろ良い結果がついてくるんですよ。おれも昔は、自分にも他人にも厳しいタイプだったんです。プロジェクトやプレゼンが終わったそばから「もっとこうした方がよかったんじゃないか」なんて改善点を相手に伝えることもあったし、改善点を教えてとお願いしたのに、言われると落ち込んだりして。これまで準備してきたものを出し切った瞬間にネガティブな言葉を受け取ると、実際の内容以上に悪い印象が膨らんでしまい、ダメージがものすごく大きいんですよね。そのせいで自信をなくして、次のチャレンジや新たな一歩を踏み出すのが難しくなってしまう。だから、終わった直後は「すごくよかったよ!」「今回のおれ、最高!」とまずは褒めちぎって、アドバイスをもらったり反省したりするのは数日経ってから。その場で誰かから「パチ、なんか今日のイマイチだったな〜」なんてダメ出しを食らっても「え、何言ってるんだよ、すげーよかったじゃん!」って負けずに褒めまくるんです。それを自分にも同僚にも続けていたら、自分含めみんな驚くほど成長していって。この方法を徹底しない手はないですね。
森口
自分にも他人にも厳しい評価をしてしまうのは、人それぞれ“勝手完璧主義”な部分を持っていて、そこに少しでも反すると全部ダメな印象で捉えてしまうからなんでしょうね。でもそれって自分というごくごく狭い世界の中だけの捉え方なんですけどね。
パチさん
そう、結果がうまくいったか、いかなかったかなんて、人それぞれの見方や価値観によるところが大きいから、かなり微妙なんですよね。ある人から見たらうまくいったけど、ある人には特定のマイナスポイントだけが目に入って全体が悪く評価される。だったら、みんなで「すごいね!」って褒め合ったり認め合ったりしていれば、自分の世界だけでしか見ていなかった人も「あれ? そっか、けっこうよかったのかも……」なんて思い始めたりするものです。だったら、そっちの方がみんなハッピーですよね。

日本アイ・ビー・エム株式会社の八木橋・パチ・昌也さん

自分の居場所は必ず見つかる! 複数のコミュニティに参加するのがポイント

森口
最後に、自分らしさや能力を発揮しにくい環境でもがき苦しんでいる人がハッピーになれるヒントを教えてください。
パチさん
誰にでも得手不得手がありますから、活躍できないコミュニティだけにいると、落ち込むことが多くて非常にしんどいですよね。だから、自分の能力を発揮できる、価値を提供できていると感じられる自分の居場所を見つけることがポイントですね。大きな会社であれば、社内でのコミュニティをできるだけたくさん持つこと。中小規模の会社なら、ソーシャルメディアを使って社外でコミュニティを探すのもいいですし、許されるなら自分の得意分野で副業するというのも手です。「別の分野では認めてもらえている」という自信があるだけで、活躍できないコミュニティにいるときでも、幸福感を無駄にすり減らしたり自信を失ったりすることもありません。複数のコミュニティに属するということは、いわば精神的なセーフティネットになるんです。
森口
目の前のことがすべてだと思ってしまいそうになるけど、実はたくさんの世界がある。それに気づくと、自分らしさを大切にできる場所が見つかりそうですね。
パチさん
同じ組織、同じ環境に長くいればいるほど、視野はどんどん狭くなっていきがちですよね。知識の深さは、仕事をがんばっていれば自然と深くなるから放っておいても大丈夫。でも視野は、多様な世界があることに気づくためにも意識して広げていく必要があります。
型にはまらない遊撃手人材を部下に持つマネージャーの人たちは、彼らをどうマネージするかをよく考えることが大切だと思いますね。社内で浮いてしまいがちな彼らがどう成長していけるのか、どう会社に貢献できるのかを考え、その土台づくりをしてあげるのがマネージャーに求められている役割なんじゃないかな。

【取材後記】

パチさんと初めてお会いしたのは、おそらく5年前くらい。あるWebメディアに寄稿した「誰が社内ソーシャルを使うのか」という私の記事に、彼が長く運営するブログお返事となる記事を書いてくれたことがきっかけでした。
それから、実際に会う機会があり、なんでも笑い飛ばす彼のパワフルさに、とてもうれしくなったことを思い出します。
パチさんのブログの最後は、Happy Collaboration!で締めくくられます。私は、この言葉がとても好きです。“ハッピー”の感じ方や、捉え方は、人それぞれ。しかし、違うものが混ざり合い、重なり合うから、新しいハッピーが生まれてくる。パチさんは、それをエナジャイズしたいから、いつでもだれにでもフレンドリーで、フランクに、そして真剣に接しているんだろうなと感じました。
私も、たくさんハッピーを生み出す人になりたいと、あらためて感じました。
(インタビュアー:森口 静香)

日本アイ・ビー・エム株式会社の八木橋・パチ・昌也さんと株式会社ソフィアの森口静香

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