2023.06.12
インナーブランディングとは?定義や目的、手法や成功事例を紹介
目次
人材の流動化や多様化、会社と社員とのエンゲージメント向上の必要性を受け、人材流出防止に取り組む企業が増えています。そのためには、理念の浸透や社内コミュニケーション活性化を通じて、会社への求心力とエンゲージメントを高め、組織のつながりを強くする取り組みが必要です。
また、企業が新たな成長段階を迎えるにあたり、あらためて自社の価値を見直し、管理統制的なマネジメントから、理念や価値観によるマネジメントへの変革が求められています。
こうした社内外の環境変化が起こる時、インナーブランディングは新たな変化に対応する有効な手段です。ではインナーブランディングとは、どのような取り組みなのでしょうか。今回はインナーブランディングの定義や目的、手法や成功事例についてご紹介します。
インナーブランディングとは?定義と目的について
ブランディングには、外部に向けたアウターブランディング、エクスターナルブランディングと、内部に向けたインナーブランディングがあります。
組織開発やマーケティング分野でよく耳にするインナーブランディングとはいったいどのようなものなのでしょうか。また、通常のブランディングとはどう違うのでしょうか。その定義や目的について考えてみましょう。
インナーブランディングの定義
ではそもそも「インナーブランディング」とはどのような意味なのでしょうか。
インナーブランディングとは、企業理念や価値を定義し、自社の従業員に対して共感と行動変容を促す活動を指します。
インナーブランディングの軸は、自社のブランドや理念などを従業員一人ひとりが理解・腹落ちするプロセスを通して社員の意識変革・組織の文化変革をしていくことです。「企業を内側から変革し、企業価値を向上させ、より理想的な姿の実現を目指す」とも言い換えられるでしょう。
インナーブランディングの具体的な施策としては、社内外への広報活動や社員研修などの教育活動に加えて、報酬制度や人事評価制度などの具体的な制度改革も含まれます。
インナーブランディングは、会社のコアカルチャーやアイデンティティ、企業理念への理解を深めることで、あらゆるレベルの従業員を“大使”または“会社とその価値観の真の代表者”にすることを目指しています。
また、インナーブランディング(インターナルブランディング)を語る上で欠かせないのが、インターナルコミュニケーションです。企業コミュニケーションの国際団体であり、16,000人の会員数を誇るIABC(International Association of Business Communicators)は、インターナルコミュニケーションを以下のように定義しています。
Internal communication “is the process of exchanging information and creating understanding and behaviors within an organization that reinforce the organization’s vision, values and culture among employees, who can then communicate the company’s message to external audiences” (Tamara Gillis, “The Human Element” 2008, p.26)
訳:ICとは「情報交換のプロセスを通じて組織のビジョン、バリュー、カルチャーを理解し体現する行動を実践し、さらには企業のメッセージを自ら外部に伝えていくような社員をつくること」
インターナルコミュニケーションの目的は、コミュニケーションによって組織力を高めることです。インナーブランディングによって企業のビジョンやバリュー、カルチャーの浸透を図り、インターナルコミュニケーションによって外部に伝えていく社員をつくることを目指します。
インナーブランディングとインターナルコミュニケーションは密接に関わっているため、どちらか片方だけではなく両方に取り組む必要があります。
インナーブランディングとインターナルブランディング
実は、インナーブランディングには様々な呼び方が存在しています。
【インナーブランディングの呼び名】
- インターナルブランディング
- インナーマーケティング
- インターナルマーケティング
上記はいずれも同じ意味を持つ言葉として使用されています。
本来であれば呼び名も統一すべきですが、明確な国際基準や定義が存在する自然科学の世界とは異なり、マーケティングや組織開発の分野では用語の統一がなされていません。そのため、使うシーンや使う人によって言葉が少し異なることが度々起こりうるのです。
実際にはインターナルブランディングという呼び方が正しいのですが、今日の日本におけるマーケティングや組織開発の現場では、インナーブランディングの方が言葉として圧倒的に使われています。
大手広告代理店などでもマーケティング活動における社内向けのブランディング活動を「インナーブランディング」と呼んでおり、「インナーブランディング」というキーワードが広まった要因の一つと考えられます。
しかし、もし海外の方とインターナルブランディングについて話す機会がある場合には、誤って「インナーブランディング」という言葉を使わないように気をつけましょう。
インターナル(internal)という単語は「内面的、本質的」という意味を表すのに対し、インナー(inner)は「精神的、内面的」といった意味合いが強く、意図せず誤解されてしまう可能性があるためです。
インナーブランディングとエクスターナルブランディング
ブランディングには、社内に対するインナーブランディングと社外に対するエクスターナルブランディングが存在します。これまでは、社外消費者に向けて企業・製品のブランドを構築するエクスターナルブランディングが主流でした。
しかし、ブランドが乱立し、差別化が困難な現代においては、インナーブランディングを戦略的に行い、従業員の士気を高めるために内部のブランディングを重視する傾向になっています。
エクスターナルブランディングは消費者に対してブランドバリューを訴えることに対し、インナーブランディングは社内に理念やビジョンを浸透させることに重きを置きます。外部(エクスターナル)と内部(インナー)は一貫性をもたせるのが一般的であり、企業によっては外部へ発信するイメージと実際の内部の状況に乖離があることもありますが、「人材そのものがサービス」とされる昨今では、企業のエクスターナルブランディングとインナーブランディングは、一体となっていると考えなければなりません。
インナーブランディングの目的と効果
インナーブランディングは「ブランドや企業の目標を実現するために、目標実現に向けた行動を社員一人ひとりが自分事化すること」が目的です。インナーブランディングには、従業員や社内関係者が自ら進んで企業理念やブランドコンセプトに基づいた行動を行うことで、その結果、会社の目標達成や、ブランドが目指す価値を実現できる効果があるのです。
たとえばスターバックスでは、「サードプレイス」という価値を顧客に提供しています。「サードプレイス」は、家でも職場でもない、第3のほっとできる場所を意味します。この「サードプレイス」という価値を実現するために、スターバックスの従業員はアルバイトであっても笑顔を絶やすことなく、コーヒー1杯に最高のサービスを行い、快適な店舗空間づくりを行っています。
このように企業が目指す価値を実現するには、従業員がその価値を理解し自ら積極的に価値を体現していくことで、顧客に対するサービスの向上につながります。
従業員一人ひとりが価値を体現し、相乗効果が生まれ、ブランド価値や企業目標が実現する状態をつくること。それこそインナーブランディングの最終目標です。
近年、インナーブランディングが重要になっている理由
インナーブランディングは、近年特に重要視されるようになっています。どのような背景があるのでしょうか。
ビジネスの複雑化とサイロ化
現代では、多くの企業でリモートワークが進んだ結果、コミュニケーションの機会が減り、部門ごとに孤立するサイロ化の問題が生じています。
部門ごとに異なる実態や市場状況があるため、事業部制度が採用されることがあります。全体の目標を理解するためには抽象的な視点も必要になることが増えました。
このような状況において、組織全体の計画を策定するにあたり、各個人が裁量を持ち、決定権限を移譲する必要があります。
部門や事業部門は、責任ある決定を下すために必要な人材を任命できますが、短期的な利益と長期的な成長、企業の信頼性や市場の原理などを考慮した上で意思決定する必要があります。つまり、意思決定や判断の前提なる価値観が必要になるのです。
このような価値観と判断は、部門や事業部の責任者だけでなく、現場の第一線まで共有されなければなりません。そうでなければ、「現場を知らない上層部に判断を仰ぐ」という業務が発生してしまい、情報や状況の不正確さと遅延を生みます。だからこそ、現場に判断をゆだねる必要があるのです。
人材の流動化とサイロ化
終身雇用が当たり前だった時代が終わり、中途採用市場が活発化してきたことで、企業のブランディングのあり方も変わってきています。流動性が高いということは、一社あたりの所属期間は短いということです。終身雇用時代の価値観の共有やブランド浸透は、雇用期間の長さがある程度解決してくれていました。
現在の労働市場は人材の入れ替わりが頻繁に起こる状況です。そのため、企業はこれまで以上にインナーブランディングを強化する必要があります。
さらに、異なる世代、経験、専門性を持つ多様な人々が集まる組織では、単純に仕事の条件や雇用契約だけでなく、従業員と企業の価値観を心理的に結びつけることも重要です。
物理的な要素だけでなく、従業員と企業を心理的な結びつけるためには、企業が自身の存在意義や目的を多様な従業員に伝える必要があります。それによって、各人が「働く理由」を見つけるための時間と空間を提供することが必要なのです。ただ単に給与や福利厚生などの条件面だけでなく、それらの条件の背景や意味を通じて、インナーブランディングの主旨を伝えることが重要です。
強い遠心力からの求心力の要望
ビジネス環境や技術と人財や組織の多様性という内外の変化に組織や個人は、対応せざる得ません。しかしながら、実際には、全ての複数の変化をどれほど追いかけようとしても、限界があり、完全に対応する事は不可能です。統合報告書に「地政学リスク」を記載しようとも、実態としてこのリスクに完全に対応する事は不可能でしょう。また、変化の対応は組織が、無秩序に各部署、各部門で対応すれば、組織は成り立ちません。更には、諸々の対応を経営陣に全て承認を得ることもできまえん。実体としてはなし崩し的に各部門や部署で状況対応的意思決定がしています。このような状況の中で現場は、何を問題として捉えるのか、何を原則として意思決定するのか、という根本的な前提を前線は求めるようになっています。求心力とは組織の根本的な価値観や考え方にあります。インナーブランディングは価値観や考え方を訴求する活動です。
組織のリゾーム(根茎)を育むインターナルブランディング
フランスの哲学者ドゥルーズが提唱する「リゾーム」という概念について考えてみましょう。これは組織のモデルであり、リゾームでは、見かけ上の表面では多様でありながらも確固たる中心を持たず、集団も個々も、集合と離散を繰り返し、一時として同じまま留まることはありません。現代世界においても、これに類似した特徴が見られるでしょう。しかしながら、リゾームモデルに特徴的なのは、見かけ上の変化がバラバラに見える一方で、実際には見えない根の部分では、個々が集団としっかりと繋がっているという点です。根の部分でもバラバラだと、それは無秩序であり、社会の成り立ちを妨げます。ただし、根で結ばれているために、見かけ上はバラバラに見えても、その振れ幅には一定の限度があるため、荒唐無稽で極端な状況は生じにくくなるのです。
現代の不確実性やVUCAを技術的に対応する事は可能かもしれませんが、実体として、経営に強い中心的な権限を集中し、現場とコミュニケーションしながら対応している状況では、早く適切に問題の解決ができません。つまり、職場や社員が自律的に問題解決しなければなりません。しかし、何をどのくらい権限移譲すればよいのか? 責任は? リソースは?と、浮かんでくると思います。ここで、重要なのは、権限移譲や自立の度合いということではなく、リゾームによる組織のつながりは、確立されることで、集団は自由に活動でき、自然に規制が働く創造的なプラットフォームとなる可能性があります。そして、リゾームモデルの基盤には、根茎はインターナルブランディングの対象である企業哲学と企業理念にあります。現代の企業経営者は、改めて自社がどのような価値を創造しているのかを再評価し、経営の哲学を見直す時期に来ています。過去に取り組んでこなかったことを恐れる必要はありません。
インナーブランディングのメリット
インナーブランディングの重要性がわかってきたところで、以下では、インナーブランディングによって企業がどのようなメリットを享受できるのかを詳しく見ていきましょう。主に、4つの切り口に分けてメリットを説明することができます。
従業員の企業への理解が深まる
インナーブランディングは、企業理念や、企業の目指す方向を、従業員に周知し浸透させていくことに役立ちます。つまりインナーブランディングは、自社の価値について、社員により深く理解してもらえるための活動なのです。
インナーブランディングが成功すると、従業員は明確かつ統一された目的意識のもとで、一体感を持って業務に従事するようになります。その結果、従業員のさらなるコミットメントにつながり、生産性の向上が期待できます。同時に、従業員の満足度も高めることができるでしょう。
従業員同士のつながりが強くなる
インナーブランディングによって企業への理解が深まると、従業員同士のつながりも強くなります。自分たちが同じ組織で働く仲間であるということを、意識しながら働けるようになるためです。チームとして支え合う文化が生まれ、仲間への信頼を深めながら業務にあたるようになるでしょう。
つながりが強くなると、組織への愛着が湧き、業務へのコミットメントも向上します。また、コミュニケーションが活性化するので、業務におけるスピードや正確性にも磨きがかかるでしょう。
従業員の定着率が上がる
インナーブランディングは、従業員の自社に対する信頼や誇りを向上させます。組織への愛着が湧くことで、「この組織に貢献したい」という気持ちも高まり、定着率の向上が期待できます。
組織に愛着を持った従業員が長く所属し続ける企業になることができれば、組織の雰囲気は確立されていきます。組織としての価値観が明確になることで、採用においても自社にマッチした人材を選べるようになるでしょう。
コンプライアンスへの意識向上
インナーブランディングによって、組織の一体感を強化し、共同性の高い組織の構築が可能となります。共同性の高さは、コンプライアンスに対する意識向上にもつながります。従業員は、組織に愛着を持っているため、会社を守ろうという意識を持つようになり、結果自然とコンプライアンス違反を避けるようになるのです。
これまで多くの企業では、コンプライアンスに関するリスクを最小限に抑えようと従業員を徹底して管理していました。しかし、インナーブランディングによって会社への積極的なコミットメントを促すと、コンプライアンスリスクの抑制につながります。
インナーブランディングのデメリット
インナーブランディングは、企業にとって欠かせないメリットの多い活動です。しかし、導入するにあたって知っておきたいデメリットもあります。以下で2点ご紹介します。
効果が現れるまでに時間がかかる
インナーブランディングは、理念や文化を従業員に浸透させていく作業です。従業員が心から賛同し、本当に理解するまでには、時間がかかるケースもあるでしょう。インナーブランディングを始めてすぐに効果が現れると思っていると、実態との乖離に苦しむことになるかもしれません。効果が現れるまでに時間がかかることを念頭に置いて推進することが大切です。
そもそも、従業員に行動変容を促してから実際に変化するまでには、得てして時間がかかるものです。中長期的に考える視点を持つようにしましょう。
価値観の合わない従業員が離職する可能性がある
インナーブランディングを進めるなかで、組織として掲げる価値観に、どうしても合わないという従業員が出てくることも、考えておきましょう。変化を促した結果、自分には合わないと思って離れていってしまう従業員もいるのです。説得ができない場合には離職されてしまうことも考えられます。
価値観に賛同しない従業員をどこまでケアするのかは、組織ごとに考え方が違うものです。しかし、価値観が合わないと、従業員が離職することで組織の多様性が失われてしまうこともあります。インナーブランディングをする際には、排他的な見え方にならないように工夫が必要です。
インナーブランディングの手法
インナーブランディング活動は、会社と従業員のさまざまな情報接点を通して行われます。以下に代表的な手法をご紹介します。
社内報
企業のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)やブランドメッセージを社員へ伝えるには、社内報が効果的です。
最近では主な媒体が紙面からWebへと移行しつつあり、社内ポータルサイトに一元化されることもあります。
クレド
クレドはラテン語で「信条」や「志」、「約束」を意味する言葉で、企業においては自社が活動する上でのポリシーやあるべき姿を簡潔に記したものです。
クレドを作成し、全社に共有、浸透させることで従業員の意識が一丸となる効果があります。
社内イベント
業務から離れた社内イベントは、上司や同僚、部下の普段見られない一面を垣間見るきっかけとなります。
こうして人を点ではなくさまざまな面から見ることで、関係性を一歩深めることができ、業務におけるコミュニケーションコストを下げることにつながります。
ワークショップ
体験型であるワークショップを行うことで、企業が従業員に期待する行動やスキル、意識をより現場に即した形式で伝えることができるでしょう。
座学研修より運用が難しくなりますが、その分実施には意義があるといえます。
マネジメント・カンファレンス
マネジメント・カンファレンスとは、経営トップと現場の社員が協議し、意思決定を行う対話形式の社内会合です。
経営トップから全社員に対して直接メッセージを発信することで、社員が目指すべき姿や、達成すべきビジョンへの理解を深めることができます。また、上からの意見だけでなく、下から上への相互交流を目的として行われるのが特徴です。
日報
普段何気なく行われがちですが、日報もインナーブランディングのひとつです。
部下が何を考え、何を行っているかを把握するために有効です。また、上司からのコメントを通じて企業のブランドを伝えることもできます。
サンクスカード
サンクスカードは、なかなか面と向かって伝えづらい感謝の気持ちをカードに託して同僚に贈るものです。ポジティブな想いを伝え合うツールは組織の構成員同士のつながりを強化します。
SNS
社内専用のSNSを導入することで、部署や拠点の垣根を越えたコミュニケーションが実現できます。
大手企業になればなるほど「未知の同僚」も増えるため、こうした施策は重要です。
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トップメッセージ
トップメッセージとは、企業のトップ自身が会社をどのようにしていきたいのか、その中で社員・従業員にどのような行動を取り組んでほしいのかを伝えるものです。社長自らが会社の未来像を語りかけることで、全体の方向性やビジョン、企業の姿勢を理解し行動することに役立ちます。マネジメントカンファレンス、トップキャラバンといった対面の場のほかに、社内報やイントラネットなどを通じて文字や動画で定期的にメッセージを発信することや、社内ブログや社内SNSなどでトップみずから日常的にメッセージを投稿する場合もあります。
1on1
上司とメンバーが1対1で行う定期的な面談のことです。評価面談とは異なり、メンバーが業務を通じて得た体験や課題、悩みを上司と共有します。1on1はメンバーのための時間であり、各自がパフォーマンスを発揮できる環境を作ることが目的です。
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トップキャラバンとは企業幹部が定期的に職場訪問し、現場との意見交換や話し合いを行う場を意味します。多くの社員を抱える企業では社員がトップと対面する機会はめったにないため、トップが現場を訪れる機会は大きな意味を持ちます。トップ自らが現場に足を運び、直接語りかけることで、企業理念やビジョンについて現場の社員が自分事として腹落ちしやすくなるという効果が期待できます。
エバンジェリスト(ブランドチャンピオン)育成
ブランディング活動におけるエバンジェリストとはブランド価値を伝え、広めていく人のことを指し、各組織におけるブランド戦略上の責任者にあたります。エバンジェリストの活動は、マーケティング、メディアとの関係性構築や、SNS上での情報発信など多岐にわたります。
インナーブランディングの事例
では実際のインナーブランディングの事例をみてみましょう。
アンケート調査の事例:ライオン株式会社
衛生用品の大手ライオンでは、全社でインナーブランディングの取り組みを行いました。
「ライオンという会社がなんのために存在しているのか」という存在価値、アイデンティティを確立するため、広告部門だけでなく社長が先頭に立って全員が一丸となった取り組みが行われました。企業メッセージ「今日を愛する。」が社員の活動に落とし込まれることで、社員の商品開発に役立つだけでなく、社員ひとりひとりの行動が変わっていったそうです。さらには、こうした活動を通じて企業ビジョンが落とし込まれた商品が消費者に認められることで、「自社の価値を社員自身が自覚することで消費者にも伝わる」ことが実感できるようになりました。
日報・社内報の事例:株式会社アイワード
株式会社アイワードでは、日報と社内報を組み合わせた取り組みを35年間にわたり実施しています。
全社員が毎日の仕事や生活での気づきを日報に書き、それに対し経営者や部門長がコメントをつけ会社に提出。その中から必要な情報を翌日「フォーラム」という社内報に落とし込み、配布する活動を行っています。社内報により全社業務が見える化され、経営者と社員の相互理解が深まり、社員が「自分の責任とは何か、その責任はどう果たせばいいのか」を考えるきっかけ作りになっているそうです。こうした取り組みにより、会社の目標実現に対する社員の自主的・自覚的な行動を促しています。
マネジメント・カンファレンスの事例:株式会社サイバーエージェント
サイバーエージェントでは、役員がチームリーダーとなり社員とチームを組んで、サイバーエージェントの“あした”をつくる新規事業案や課題解決案などを提案する1泊2日の合宿を実施しています。
これまでに、「あした会議」で設立が決まった子会社は28社、生まれた会社による売上は累計で700億円、営業利益は100億円にものぼるそうです。この取り組みにより、社員は社長はじめ役員の視点を学ぶことができ、社内情報のキャッチアップ、会社を取り巻く状況についての理解を深め、新しいアイディア創出に寄与しています。
サンクスカードの事例:日本航空株式会社
日本航空では、個を高め、社員同士で讃え合う風土醸成のためにサンクスカードが導入されました。
勤務地の違う相手や他部門の人に感謝の気持ちを伝えるツールとして活躍しています。実施方法として、『褒めたいことがあったらカードを渡して』とだけ社内に伝え、明確なルールを定めないことで自然とやりとりが発生する雰囲気感を作ることに成功しました。その結果、自分の関わる仕事の前工程や後工程にも、それを支える社員がいると相互に意識することにつながり、マニュアルを超えたサービス向上につながったそうです。
クレドの事例:米ザッポス社
ザッポス社は靴のネット通販会社です。
カスタマーサービスの対応の良さが大きな話題を生んでおり、他社では決して模倣のできない独自の企業文化を築いていることでもよく知られています。
さらに、「Amazonがどうしても欲しかった企業」として買収されたことで輪をかけて有名になり、今では「全米のビジネスマンで知らない人はいない」というほどです。
そんなザッポスでは「コア・バリュー」という自社のクレドを設けており、社員が企業の代表として正しく意思決定をできるよう導いてくれています。
ザッポスでは社員それぞれの裁量が大きく、決断に迷うときにクレドを思い返すことで、原点へ立ち戻れるそうです。
逆にいえば、社員一人ひとりがコア・バリューをきちんと理解し、実践しているからこそ大きな裁量を委ねる体制づくりができている、インナーブランディングが成功した好例といいえるでしょう。
株式会社ニチレイフーズ
冷凍食品のパイオニアとして知られるニチレイフーズ。
同社が株式会社ソフィアと取り組む社内活性化プロジェクト「ハミダス活動」は、2018年11月の第1回消費者志向経営優良事例表彰にて「消費者庁長官表彰」を受賞しています。
ニチレイフーズでは従業員のモットーとして、「もっと、思いやりをもって」「もっと、チャレンジして」「もっと、楽しく」仕事をしよう!という想いを込めた「ハミダス(とらわれず、明るく)」を掲げています。
このモットーを全社に浸透させるべく、部署名に「ハミダス」を加えた「ハミダス推進グループ」を作り、ハミダス活動を進めるようになりました。
具体的には、営業活動支援、全国の工場での地域社会貢献活動・食育活動から、従業員同士のコミュニケーションを活発にするためのバーベキュー大会、社員旅行まで、さまざまな活動の運営・支援に取り組んでいます。
結果、現在では「ハミダス」という言葉が従業員の間で広く深く浸透し、同グループの活動にも理解と共感を得られ、ボトムアップの支援社員も増えてきているそうです。
また、社内用語でも「ハミダス」という言葉が多用されるようになり、自社に根づいていることが伺えます。
グローバル部品メーカー(社名非公開)の事例
こちらはソフィアが支援を行った事例です。グローバル部品メーカーである同社では、国内外における競合メーカーの台頭により事業環境が厳しさを増す一方で、社員が自社ブランドの強みを十分に理解していない状況でした。全社のブランド力・営業力・バリューチェーンを強化するために、インナーブランディングの推進が課題となっていました。
そこでソフィアでは、コミュニケーション阻害要因を突き止め、改善施策を行うためのオリジナル調査を実施。アンケート結果の社員属性別分析、ハイパフォーマー分析、自由記述回答のテキストマイニングを行いました。また、その結果をもとにインナーブランディング推進のための具体的施策をリスト化して役員に報告することで、現状の改善に向けた取り組みにつなげました。
コングロマリッド企業グループ(社名非公開)の事例
こちらもソフィアが支援を行った事例です。
総合サービスを提供する同グループでは、事業推進における強みとなっていたトップダウンの文化を壊し、より顧客志向の強い企業体を作るため、新たなグループビジョンを制定しました。のちのビジョン浸透度浸透度調査では98%の理解・共感度という結果だったにも関わらず、社員の行動レベルではビジョンがまったく体現されていないことが課題となっていました。
そこでソフィアでは、それまで個々に推進されてきたビジョン浸透施策を統合管理するとともに、浸透に向けた中期のシナリオを策定し、またビジョン浸透度調査の改善とKPIの策定、浸透シナリオに基づいた具体的な施策のプランニングを実施しました。さらに施策として、表彰制度の制定、表彰を受けた社員が参加する事業横断サービス開発ワークショップ、全グループ従業員参加によるビジョンダイアローグ、具体的に褒めて伸ばす「Good Jobカード」制度の設計・運用などを行いました。
これらの施策によってグループビジョンの浸透が進んだことがインナーブランディングにもつながり、同グループらしい新規事業や新サービスの創出などにつながっています。
スターバックスの事例
スターバックスでは、レシピといった品質に関するルールは厳密に定められているものの、サービスに関するマニュアルは設けていません。これは、スターバックスならではのホスピタリティを提供するためにスタッフをマニュアルで縛ることをせず、権限を委譲することでスタッフが自主的に考え、行動するようになることを期待しています。この取り組みによって、スタッフ一人ひとりが「スターバックスらしさとは何か」を考え、自分ごととして従事するようになっています。
リッツ・カールトンの事例
クレドで有名なリッツ・カールトンですが、ほかにも「エンパワーメント(裁量委譲)」という有名な特徴があります。その瞬間に最高のサービスを提供するためであれば、上司の判断を仰ぐことなく、従業員自身の判断で最大2,000ドルまで支出できるという権限です。これにより、従業員が「最高のサービスとは何か」を自分ごととして考えるようになります。結果としてリッツ・カールトンらしさを作り出しているのです。
三井化学の事例
三井化学では、オープン・ラボラトリー活動という、研究者自らがユーザーと関わるイベントを開催しています。研究者はともすると日々の研究活動に注力しすぎて視野狭窄に陥りがちですが、民間企業に属している以上、研究の成果が消費者の手にわたり、商品やサービスとして利用されることもあるはずです。オープン・ラボラトリー活動は研究者と社会とをつなげ、自分や自分の研究が社会の中でどのように扱われているのかを自分ごととして知るきっかけとなっています。
インナーブランディングで伝えるべき理念の実態的な効用とは
多くの企業では、経営理念やビジョンを大きく掲げ、インナーブランディングで伝えることにより従業員の意識をひとつの方向にまとめて運営しようとしています。では、そもそも理念を掲げることにはどのような効用があるのでしょうか。概念ではない、実態的な効用はあるのでしょうか。
効用のひとつとして考えられるのは、経営と理念の関係を理解できることです。関係を理解していると、企業が手がけるさまざまな事業や、組織が抱えるもろもろの事象を、俯瞰して捉えられるようになります。
また、インナーブランディングで伝えるべき理念として、「企業における未来としての上位概念を示すこと」があります。企業がどのような未来を目指しているのか、どのような方向性を持っているのかを社員に示すことで、企業全体が一丸となってその目標に向かって取り組むことができます。
さらに、インナーブランディングで「企業における価値観としての上位概念」を伝えることも重要です。企業には、利益追求のため、ある一定の行動や姿勢を示す価値観が存在します。社員にこの価値観を理解してもらうことで、企業がその価値観に基づいた行動を取ることができます。
これらの上位概念を明確にし、社員に伝えることで、社員のモチベーション向上や企業全体の目標達成につながります。また、社員が共有する理念や価値観は、企業文化の形成にも貢献し、企業のブランドイメージの向上にもつながると言えます。
インナーブランディングにおいて経営理念は常にアップデートされ続けている
歴史の長い会社や、規模が徐々に大きくなった会社では、「経営理念」「企業理念」自体が形骸化しているということが多々あります。役員会議室や応接の額縁に飾る程度、もしくは年次で行われる儀式や対外的なコミュケーションツールとしてアナウンスされている程度で、実際は機能していない例がよく見受けられるのです。
そのような企業であっても、ビジネス自体は問題なく継続しているのが実情であることから、「そもそも経営において理念や上位概念は必要なのか?」という根本的な疑問が湧くでしょう。
しかし、そのような場合でも、雇用契約や人事制度は上位概念から派生している要素であり、従業員はあまたある企業組織の中から、理念を踏まえた上で入社を決意し所属しています。その意味では、経営理念を含めた上位概念は、少なからず組織と個人を結合していると言えます。
上位概念や理念が形骸化しているように思えたとしても、トップやマネジメントのメッセージの根本に影響していたり、個人の処遇の背景になったり、暗示的な風土や文化を醸成していたりするものです。つまり、上位概念や理念は、実際には企業の中心にあるのだと考えることができます。
良いアップデートか悪いアップデートなのかわからないことが問題
役員会議室や応接に飾られている経営理念は、文としては固定されていまが、従業員個々の所属する立場から解釈され、新しい言説を生み、知らず知らずのうちにアップデートされているものです。
その解釈が理念に影響を与えながら、組織風土を醸成していくのです。ただし、その新しい解釈について、各々で確認したり、対話したりせずに、文化や風土やブランドについて立ち返って考えることもないような状態が続く場合は、理念を刷新する必要があるかもしれません。
フォーマルとインフォーマル
理念には、フォーマルとインフォーマルのものがあります。フォーマルとは、公式に規定されている言語、可視化されている上位概念のことです。つまり、会社のコーポレートサイトや統合報告書に記載されているような内容です。
しかし、前述の通り、組織の全体の内部活動すべてが、上位概念の字面通りに運営されるということはありません。外部の人間であっても、字面通り解釈するとは限らないでしょう。上位概念のいくつかは未来に対する宣言や希望を示しているため、変化や過渡期において、字面通りに進むとは言い切れないのが実情です。
かといって実態が、明示している上位概念とあまりにも乖離している場合は要注意です。社員が詭弁や嘘であると認識していれば、上位概念自体が問題になり得るでしょう。面従腹背を生み、組織としての一体感や信頼を失う可能性があります。
昨今は、企業が社会課題を積極的に経営に取り込むようになり、産業界だけではなく社会を相手に課題解決と収益構造を両立することが求められています。このような時代に、上位概念と実態の乖離が深刻だと、より難しい問題になるのです。いわゆる「SDGsウォッシュ」のように、「言っていること」と「やっていること」のギャップが生じ、社会的な信頼の失墜につながるかもしれません。
パワーと権力
ここまで説明してきたように、上位概念は権力の源になり、同時に、組織と人をつなぐものでもあります。つまり、上位概念には、パワーになる側面と、求心力になるという側面の、両面性があるということになります。だからこそ大事なのは、理念や上位概念が絶対的であるとは限らないのだと認識することです。
たとえば、新規事業が「優位」で既存事業が「劣位」という概念がある場合、新規事業の失敗が大きな問題になります。逆に既存事業が大事だという概念がある場合は、新規事業が育たないことになります。しかし新規事業と既存事業は対立するものではありません。既存事業の収益があるから新規事業というまだ収益性が不確かな投資を行えるわけです。一方で、新規事業を創造しなければ経営事業の存続はないということも事実です。イギリスの経済思想家でもあるJ.S.ミルが主張したように、「集団組織においても、人は自己の好みや習慣などを一番だと思い込む傾向がある」ため、コミュニケーションを絶えず欠かさず、時に衝突も起こしながら、バランスをとっていくことが重要でしょう。
具体と抽象
上位概念や理念を日々の問題解決にどう取り入れるか具体化するには注意が必要です。たとえば、「一人ひとりが活躍できる組織」という理念があるとして、これを具体化するときに「働き方改革が大事」→「残業時間を意識する」→「残業代を支払わない」という言説に陥ってしまう可能性もあります。この落としどころは、「一人ひとりが活躍できる組織」という理念で掲げたい内容とは大きく乖離するでしょう。このような間違った具体化がなされる原因は、論理ではなく、コミュニケーションにあります。企業はインナーブランディングを通じて、従業員に対して抽象的な理念や価値観を具体的な行動やタスクに落とし込むよう丁寧に指導する必要があります。
体験と解釈から生まれる学習
経営理念の浸透・共感がうまくいっている場合、社員や組織は、経営理念に基づいた活動や振り返りを行うことができます。単純な個別の成果や、単なる業績のPDCAサイクルだけでは、一喜一憂しません。事象や数字をどうとらえるか、理念を起点に解釈するのです。
「前年対比より数字が上がった」ことは表面的には良い事かもしれません。しかし、理念においてはどうか、ビジョンにおいてはどうか、パーパスにおいてはどうかを考えると、また違った見え方になる可能性があります。事象や結果をどのように解釈するかという根本的な考え方で振り返ることが可能になり、その学習が次の行動を生み出す源泉になります。だからこそ、上位概念をどう解釈するのか、現場単位でコミュニケーションをとることが大切です。
まとめ
インナーブランディングは、会社の価値を向上させ、持続的成長を実現するために社員や社内関係者の行動を変える取り組みです。
今回ご紹介した事例のように、社内の行動が変われば新たな価値が生まれサービスや製品の価値が向上します。
一方でインナーブランディングはとても時間のかかる取り組みです。
社内の意識や行動はそう簡単には変わりません。
インナーブランディングに取り組んでも、なかなか成果が見えず取り組みをやめてしまう企業も少なからず存在します。
インナーブランディングを成功させるには、本気で会社が目指す価値を実現するという強い思いを持ち、トップを巻き込んで全員で取り組む必要があります。
社内の行動が変われば、必ず成果が出るはずです。
長い目で、決してあきらめずに取り組みましょう。
ソフィアでは、さまざまな企業のインナーブランディング活動のバックアップを行っています。どう進めていいのかわからないとお困りの際はぜひご相談ください。
関連サービス
- 調査・コンサルティング ―さまざまなデータから、課題解決につながるインサイトを抽出―
- メディア・コンテンツ ―読者と発信者、双方の視点に立った企画、設計―
- 研修・ワークショップ ―実践型研修とアフターフォローで学習効果を高める―
- イベント企画運営 ―企画力と事務局サポートで記憶に残るイベントを実現―
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よくある質問
- インターナルブランディングとは何ですか?
会社の理念や価値を明確に定義づけ、自社の社員に浸透・共感を促す活動です。
従業員一人ひとりが理解・納得した上で意識変革・文化変革をしていくことがインターナルブランディングの軸となります。
企業を内側から変革し、企業価値を向上させ、より理想的な姿の実現を目指すものがインターナルブランディングです。
具体的な活動内容には、社内外の広報活動や社員研修などの教育活動のほか、報酬制度や人事評価制度などの具体的なシステム改革も含まれます。
- インターナルブランディングの目的は何ですか?
インナーブランディングは「ブランドや企業の目標を実現するために、目標実現に向けた行動を社員一人ひとりが自分事化すること」が目的です。
つまりインナーブランディングには、従業員や社内関係者が自ら進んで企業理念やブランドコンセプトに基づいた行動を行うことで、その結果、会社の目標達成や、ブランドが目指す価値を実現できる効果があるのです。
株式会社ソフィア
先生
ソフィアさん
人と組織にかかわる「問題」「要因」「課題」「解決策」「バズワード」「経営テーマ」など多岐にわたる「事象」をインターナルコミュニケーションの視点から解釈し伝えてます。
株式会社ソフィア
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