2020.06.10
HR業界のトレンド「エンプロイーエクスペリエンス(EX)」とは?向上させるポイントを解説
目次
昨今HR業界で注目を集めている「エンプロイーエクスペリエンス(EX)」という概念をご存知でしょうか。これは「組織で働く従業員のすべての『経験』」のことで、この経験をデザインすることは企業成長の重要な要素となります。
本記事ではエンプロイーエクスペリエンスの概念、効果について詳しく解説するとともに、それを最大限に高めるポイントをご紹介します。
エンプロイーエクスペリエンス(EX)とは
エンプロイーエクスペリエンス(Employee Experience)とは「従業員の経験(体験)」を意味し、従業員の満足度をはじめ、育成状況や所有スキル、心身の健康状態など、会社組織の中で従業員が関わるあらゆる経験を指します。
元々は「顧客体験」を意味する「カスタマーエクスペリエンス(Customer Experience)」から派生して生まれた概念です(カスタマーエクスペリエンスとは、「顧客が商品やサービスの利用を通じて感じる心理的な価値」を指します)。
なお、似たような概念として「エンプロイーサティスファクション(ES: Employee Satisfaction)」がありますが、これはエンプロイーエクスペリエンスの一部です。エンプロイーエクスペリエンスは従業員を取り巻く経験の、さらに包括的な考え方です。
エンプロイーエクスペリエンスが注目されるようになった背景
ひとつの会社で定年まで働き続けるといった働き方は、すでに過去のものです。終身雇用は実質的に終焉を迎え、会社員は自分のスキルアップやワークライフバランスのために、環境のよい企業、自分にとって就業する価値の高い企業があれば、積極的に転職をするようになりました。これは企業側にとって、自社の貴重な人材を他社へ流出させないために社員との良好な関係性を構築すること(社員エンゲージメントを高めること)が極めて重要な状況になったといえます。
変化が著しく確定要素に欠ける社会情勢を表す概念として「VUCA(Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity)」という言葉があります。これを、企業の従業員が直面している状況に当てはめてみましょう。
- V:Volatility(変動性):氾濫する情報やテクノロジーの進化による価値観の変化
- U:Uncertainty(不確実性):雇用の多様化に伴うキャリアの揺らぎ
- C:Complexity(複雑性):企業のグローバル化によって問題に対する絶対的な解決策が見つからない状態
- A:Ambiguity(曖昧性):物事の本質が常に揺らいでいる状況
従業員の価値観や就労への姿勢、遭遇する課題やキャリアパスの展望などが不確定になっていることが、従業員の意欲、ひいては労働生産性を低下させています。そのような時代背景の変化から、従業員の定着率向上や労働生産性向上のために、会社内での経験、すなわちエンプロイーエクスペリエンスの重要性が盛んに叫ばれるようになったわけです。
エンプロイーエクスペリエンス(EX)の向上がもたらす効果
エンプロイーエクスペリエンスの向上が企業にもたらす効果を大きく3つ解説します。
1. 社員エンゲージメントの向上
エンプロイーエクスペリエンスは、企業に属する従業員が業務や教育・育成、待遇、日々のコミュニケーションを通じて獲得するすべての経験です。これが従業員にとって充実したものになると、従業員は企業に対して帰属意識を強く感じるようになり、社員エンゲージメントが高まります。
2. 組織風土の醸成
企業のビジョンやミッションは社長や経営層が決定するものですが、最終的に組織風土を形成するのは組織の構成員である社員です。企業の発展と個々の成長とのマッチング、キャリアパス、社内コミュニケーション、人間関係といったエンプロイーエクスペリエンスが充実することで、健全な組織風土が醸成されます。
3. 従業員の定着や離職率の改善
昭和生まれの社員はミドル・シニア世代となり、平成初期に生まれたミレニアル世代が企業の中心を占めるようになりました。ミレニアル世代は転職に抵抗がなく、むしろよりよい環境を求めて会社を移りやすい傾向があります。企業にとっては従業員定着、離職率改善の取り組みが以前よりも重要になってきているわけです。
社員エンゲージメントが向上すると、社員は所属部門や会社に対して愛着を持つようになります。すると、自社に所属していたいという意識から、別の会社に移る選択肢がなくなり、定着率や離職率の改善につながります。さらに人事の採用コスト低減にもつながるでしょう。
エンプロイーエクスペリエンスを向上させる方法
企業にとって、人材中心の経営手法であるエンプロイーエクスペリエンスが重要であることは十分にご理解いただけたのではないでしょうか。ここからは、エンプロイーエクスペリエンスを最大限に高めるためのポイントについて解説します。
エンプロイージャーニーマップの作成・活用
エンプロイージャーニーマップは、人材の募集、採用、入社したのちの研修、現場での実務、日々のコミュニケーション、業務形態の変容(働き方改革やテレワークの導入など)、育成やキャリアアップ、人事評価、そして退職までを一連の「フロー」として可視化し、それをベースに従業員の経験をデザインしていくものです。
マーケティング分野では「カスタマージャーニーマップ」という手法を利用することがあります。これは「顧客が購入に至るフロー」を可視化したものです。例えば海外旅行で友人とホテルを探す顧客のカスタマージャーニーマップであれば、宿泊候補を探し、宿泊先を決め、宿泊地へ行き、宿泊地を評価するまでのフローがあります。これらのフロー(=タッチポイント)において、顧客がどんな思考でどんな感情を持ち、どんな行動をするかを切り分けてタッチポイントごとにマーケティング施策を打っていきます。このカスタマージャーニーマップを企業内部、社員向けに活用するものがエンプロイージャーニーマップです。
エンプロイージャーニーマップにおいては、従業員視点の経験をデザインしながらも自社の事業を維持発展していくための「目指すべき人物像」を明確にしておくことが重要です。
具体的には下記の観点でまとめていくとよいでしょう。
- 従業員の希望
- 起こりうる問題
- (上記を踏まえた)エンプロイーエクスペリエンス向上施策
- 施策により従業員にもたらされる心理状態、行動変容
- エンプロイーエクスペリエンス施策の評価基準
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戦略的な配置と連携
エンプロイージャーニーマップを作成したら、それぞれのタッチポイントにおいてエンプロイーエクスペリエンスが向上するよう、戦略的な人材配置と部門間の密な連携を行います。なぜなら、エンプロイーエクスペリエンスは所属部署やチームの経験だけでなく社内におけるすべての経験を包括的に考慮するべきものであり、適材適所の人材配置と部門をまたいだ全社的な取り組みが不可欠なためです。
この取り組みは、現場責任者や人事担当者だけでは実現できません。各部門の主要な人間をまとめて横断的な施策を行いましょう。従業員が、会社が目指すビジョンと自身の業務内容に結びつきを感じることで、「この会社で仕事をしていてよかった」と思える機会を意図的に作ります。
健康経営の推進
エンプロイーエクスペリエンスに影響を与える要素として、企業の健康状態が挙げられます。コミュニケーション不全、長時間労働、ハラスメントなど、企業に横行する悪習は企業に対する従業員の信用失墜を招くほか、心身の健康に大きな不調をきたす危険性もはらんでいます。経営者も含め、自社にそのような状態が起きていないかヘルスチェックを定期的に行いつつ(コーポレート部門から現場への積極的な情報収集も忘れずに)、社内からもヘルプの声をあげられるよう、しかるべき問い合わせ窓口を設置することも重要です。
動機づけ・衛生要因の見直し
アメリカの臨床心理学者、フレデリック・ハーズバーグが提唱した、仕事の満足度に関する理論である「ハーズバーグの二要因理論」によると、仕事における満足度は、特定の要因が増えたり減ったりすることで上下するわけではなく、満足に関わる要因と不満足に関わる要因とは別にあるといいます。
満足に関わる要因は、働きがいや意欲の向上など、業務の遂行に達成感や充足感をもたらすものが多くあります。不満足に関わる要因は不健康な企業体質です。そのため、社員が何のために就業しているのかという動機づけを理解し、企業の衛生状態を見直すことが必要です。改善すべき要因によって解決できる担当が異なるため、やはり部門間で連携をとりながら改善施策を行っていきましょう。自社が従業員にとって魅力的な経験を得られる場所であると伝えるために、社内の各種制度やキャリア形成がどんな成長につながるかなどのメッセージを、広報部と連携して発信することも有効です。
オフィス環境の改善
些細なことのように思われるかもしれませんが、エンプロイーエクスペリエンス向上には欠かせない要素です。備品の充実、オフィス家具の快適さ、適切な空調、動きやすいレイアウト、清潔なお手洗いなど、日中の長い時間を過ごす社内の環境を整えることで、無意識に感じるストレスを軽減でき、従業員のエンゲージメントにつながります。
在宅勤務などテレワークにおける備品の貸与(パソコンやモバイルルーター、Webカメラやヘッドセットなど)も合わせて考慮するとよいでしょう。
エンプロイーエクスペリエンス(EX)向上に取り組む企業事例
すでにエンプロイーエクスペリエンスの重要性を把握し、エンプロイーエクスペリエンス向上に取り組む企業も多く存在します。今回は企業事例として5社を紹介します。
freee
freee株式会社では、総務人事部門を「メンバーサクセスチーム(MST)」と命名しています。企業の成功(サクセス)は社員の成功であることをよく理解している証といえるでしょう。同社は自社の価値基準を社員に「押し付ける」ことをせず、むしろ変わっていくことを是としています。社員一人ひとりの価値観が異なる中でいかに協業すべきかをそれぞれが考えられるような環境づくりを行っているのがこのMSTです。ウィークリーの1on1や表彰制度、同僚からのフィードバックによる人事評価、成長をサポートする役割のもとマネージャーを「ジャーマネ」と呼称する制度、社内SNS制度、子育て中の親を支援する制度、ダイバーシティ推進室の設置など、MST主導で推し進められている特徴的な社内制度が満載です。
Airbnb
Airbnbは、アメリカの口コミサイト「glassdoor」の「社員が選ぶ企業ランキング」で2015年に世界1位になったことで話題になった企業です。Airbnbは人事部を「エンプロイーエクスペリエンス部」と称し、社員が働いていて最高の経験ができる環境の整備に取り組んでいます。社食の献立を考えたり、最新のテクノロジーを導入したり、オフィスを快適にしたり…。同部門のスタッフは「社員の健康と幸せの向上のために働いている」と述べています。
株式会社OKAN
日本マーケティングリサーチ機構の調査で2019年に「従業員が喜ぶ福利厚生No.1」を獲得した「置くだけ社食」サービス、「オフィスおかん」を展開する株式会社OKAN。Airbnbもそうでしたが、企業は社員の健康面をサポートすることが当たり前の時代になっています。なにをそこまでと思うかもしれませんが実はこの潮流は昔から存在し、健康診断の費用を会社が負担するのはその一環です。社員が健康で元気に働ければ企業も元気な健康経営ができる、その理念の体現としての福利厚生サービスであるといえます。
中堅企業(社員1,000人以上:社名非公開)
2020年初頭からの感染症拡大の影響により、社員向けの研修プログラムを実施できなくなり、実施方法の再設計が課題となりました。ここで単純に研修をオンライン化するのではなく、会社での学びとは本来どういうものかということをあらためて捉え直し、研修プログラム自体を再設計することになりました。
さらに高い研修効果を得るために、社員の研修受講時におけるエンプロイージャーニーマップを設計し、研修前にどのような情報提供とインタラクションが必要か、研修中に受講者同士でどのようなコミュニケーションが行われるか、研修後にどのようなアウトプットを行うべきで、それを誰とどのようにして共有することが学習の定着につながるのかなどを、ラーニングマネジメントシステム上に反映しました。
A社(オンボーディングの事例:社名非公開)
オンボーディングにおいてもエンプロイーエクスペリエンスの考え方が役立ちます。ここでもエンプロイージャーニーマップを用いてフローをそれぞれデザインすることが効果的です。入社前、入社日、入社直後、研修A、インターバル、研修B、研修後、本配属日、OJTとオンボーディングのフローは細かく分けられますが、それぞれにおいて新入社員がどんなことを感じ、考え、こういう行動をとりやすいからこういうフォローや教育を行おうという設計と実施を具体的に行っている企業では、新入社員が安心して現場へと入っていくことができています。研修を行う講師とは別に、受講者のやる気を引き出す「伴走者」の役割を担う人の存在が必要となるわけです。
まとめ
エンプロイーエクスペリエンス向上は従業員を中心に据えた組織変革の手法です。最近では、企業内研修の際に「Learner Experience(学習者体験)」、入社(新卒・中途)の際には「Onboarding Experience(入社時体験)」というように、入社から退社までだけでなく、フェーズを分けてエンプロイーエクスペリエンス向上に取り組んでいる企業が増えています。
まずはエンプロイージャーニーマップを作成し、どういったターゲットに対してどんな経験をデザインしたいかを考えてみましょう。
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よくある質問
- エンプロイーエクスペリエンス(EX)とは何ですか?
「従業員の経験(体験)」を意味し、従業員の満足度をはじめ、育成状況や所有スキル、心身の健康状態など、会社組織の中で従業員が関わるあらゆる経験を指します。
株式会社ソフィア
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人と組織にかかわる「問題」「要因」「課題」「解決策」「バズワード」「経営テーマ」など多岐にわたる「事象」をインターナルコミュニケーションの視点から解釈し伝えてます。
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