働き方改革推進のヒントをメディア研究者に聞いてみた~言いにくいことはポエムで語れ!? ~
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どこの国も経験したことのない超少子高齢化時代に向かいつつある日本。あらゆる人が働きやすい社会の実現に向けて働き方改革が急務となっている。そうはいっても、働く人と雇用者、双方にとって従来からの働き方を変えるのはそう簡単なことではないのも現実だ。
遅々として進まない働き方改革を推進するポイントは何なのだろうか?その裏側にある、いまどきの社会人が抱えるコミュニケーションの課題とは?メディア論や若者論、コミュニケーション・デザインなどを専門とする実践女子大学の松下慶太准教授に、ソフィアのシニアコミュニケーションコンサルタント築地健が話を聞いた。
松下慶太 先生/実践女子大学 人間社会学科・准教授
1977 年神戸市生まれ。京都大学文学部を卒業。同文学研究科にて博士(文学)。フィンランド・タンペレ大学ハイパーメディア研究所研究員、目白大学を経て、2007 年より実践女子大学へ。2012 年より現職。著書『デジタル・ネイティブとソーシャルメディア―若者が生み出す新たなコミュニケーション』、共著に『ネット社会の諸相』『キャリア教育論:仕事・学び・コミュニティ』など。
演劇やポエムを取り入れて変革の舞台を作る
築地:私は現在クライアント企業の働き方改革プロジェクトの推進支援などを担当しているのですが、組織の事情、個々の社員の事情と感情がからみあって、どこの企業においても難しい取り組みだと感じています。松下先生は、たとえばご自身のゼミだったり、組織に置いて何かを「変えよう」と思ったときどんなアプローチをされていますか
松下先生:ゼミではメディア論や都市論、学習論を学びながら「渋谷」と「ワークプレイス・スタイル」という2つの大きなテーマを研究しています。その中でワークショップを行ったりしているんですが、実はいまゼミを「ゼミ」と呼ばずに「劇団」にしたいと思っているんですよ。
築地:面白いですね!実は私も「プロジェクトマネジメント」というのが堅苦しいので「キャスティング」と呼んだらどうかと思っていたんです。それぞれの場面に誰が登場してどんな役割を担うのか采配するという意味で。ちなみにそのゼミ=劇団では実際に演劇を行うのですか?
松下先生:たとえば「こういう場面があったらあなたならどうするか?」というのをミュージカル風に演じてみせて、それに対してディスカッションすることで活動の振り返りを行ったり、職場や組織の調査結果を資料だけではなくミュージカルでも表現するなど色々できると思っています。ミュージカル以外にも小噺やコント、詩の朗読などにも注目しています。
築地:詩の朗読ですか?
松下先生:「ポエトリー・スラム」ってご存知ですか? ポエトリー・リーディングは詩を朗読しますが、ポエトリー・スラムはそれを競技会の形にしたものです。毎年世界大会が行われていて、この間は日本の地区大会が行われました。2016年の日本代表 の方のパフォーマンスがこれです。
大島健夫『ハムを買ってください』 /ポエトリー・スラム・ジャパン2016 日本代表
築地:私が想像していた「詩」とはだいぶ世界が違うようです(笑)会場からも笑い声が漏れていましたが、笑っていいのか真面目に観るべきなのか、リアクションに困りますね…。
松下先生:生で見るとさらに印象がちがいますよ。昨年、ポエトリー・スラム・ジャパン代表であり自らも詩人である村田活彦さんをお招きして学生向けにワークショップを行ったのですが、学生もリアクションに困っていましたね(笑)詩から感じることは人それぞれで、どう反応するかは観る人に任されています。ポエトリー・スラムは、やりたい放題のように見えて、評価を受けて競争するという要素もある。「個」が集まってダイバーシティが生まれる、多様性を認めるということが考え方の根底にあります。
築地:深いですね。
松下先生:こういったアプローチを研修に取り入れる企業は増えていますね。たとえば、コールセンターに勤務する社員に向けたコミュニケーション研修にミュージカルを取り入れる、などの例があります。
築地:働き方改革をテーマにしたポエトリー・スラムを開催したら面白いかもしれませんね。しかし、そういった取り組みは心理的安全性がかなり高い職場でないと難しいのではないでしょうか。
松下先生:その通りです。「ここでこういうことを言ってもいいのだ」と参加者が思えるような安全な場を作っていくのも研修ですし、参加者がその中で自分を出せるようにもっていくのも研修です。心理的に安全な職場を作っていく上で、演劇などの要素を研修に取り入れるのは有効だと思います。
築地:そこで本音を出したとしても「これは劇だから」「これはこういう役の台詞だから」と逃げ場を作ることができるんですね。
松下先生:そうですね。企業で「本音で語りましょう」という会を開いても誰も本音が言える空気ではなかったりしますが、作品だったり配役というワンクッションをはさみ、「これはパフォーマンスである」という演出を入れることで、比較的スムーズに本音を引き出せたりします。
築地:だからゼミではなくて「劇団」なんですね。
「キャラ」を「役割」に転換し、場面ごとに「役割」を切り替える
築地:働き方変革を進める上では、職場の心理的安全性が非常に密接に関わっていると感じています。例えば、企業へのヒアリングを行う中でよく聞くのは、「女性社員が管理職になりたがらない」という話。理由を訊ねると、「今属している集団の中で1人だけ『指示を出す立場』になったら仲間から外れてしまう」という回答を複数伺います。
松下先生:職場で本人のパーソナリティーが前面に出ていると、周囲からも「なんであの人が(管理職に)選ばれるのか?」という声が出たりしますよね。だから会社も劇団になればいいと思うんです。職場という舞台の上で、管理職という役割を演じている。元々組織というのはそういった「役割」で成り立っていたはずなのに、いつのまにかパーソナリティーがむき出しになる場に変わってしまった。ワークライフバランスが大切だ、と言われていますが、確かにワークとライフのバランスもそうなのですが、それと同じくらいに役割のスイッチを切り替えることも大切なような気がします。
築地:役に入る、役から出る、という切り替えですね。私はサルサを踊るのですが、ダンサーたちは舞台に上がるときは格好良くなければならないので目に力も入るし、背筋も伸びるし、動きが少し情熱的だったりセクシーになります。でも当然ながらその状態で会社には来られません(笑) コンサルタントとしてお客様の前に出るときと、家庭で子どもと遊ぶ時の自分も全くちがう。そういった切り替えを職場の人間関係の中でもうまくできるといいのかもしれませんね。
松下先生:学生を見ていると役割とはまた別に「キャラ」というのがありますね。キャラとパーソナリティーとの関連も複雑なのですが、社会人になるとそうしたパーソナリティーやキャラとは関係なく「役割」もつきますよね。会社に入って苦しんでいる人は、キャラから役割への転換がうまくいかず、自分のキャラを演じ続けているのかもしれせん。与えられた役割に対して「私、そういうキャラじゃないんで」とか「こんなキャラの私がそんな役割できるのかな?」というように。
築地:どうしてそうなってしまうのでしょうか?
松下先生:ソーシャルメディアの影響はあるかもしれません。ソーシャルメディアの中でキャラを演じる。それに対して「いいね!」がつくかどうかを気にする。一言で言うと、承認欲求ですね。一方で、職場の中での「承認」というのは、業績や評価というのもありますが明確には見えにくい。だから、同じ職場で働く人がどんな人か、何を評価するのか、過剰に気にする人が増えてきているのかもしれません。
築地:仕事の中身よりも、周囲との関係性が重視されているんですね。
誰が配役を決め、誰が価値判断をするのか?
松下先生:僕はプロジェクト型の授業を担当することが多いのですが、そこで学生を見ていて感じるのは「価値判断できない」学生が増えているということです。ソーシャルメディアで「いいね!」の数を気にするというのは、価値判断を他の人に投げてしまっているんですね。誰も「いいね!」って言ってくれなくても自分で自信を持って「私はこれがいいです」と言うことができない。例えば企業との協働プロジェクトで学生が企画提案をするときも、「企業がなにを求めているのか」ばかり気にして「自分たちがどうしたいのか」ということをあまり考えない。手を抜いているのではなく、優しいというか気遣っているというか、相手が求めるものを必要以上に重要視してしまうんですね。私がポエトリー・スラムに関心を持っているのも、そうした自分の価値判断を表現したり、評価したり、といった場面に応用できないか、と考えているからです。
築地:そのお話を聞いて思い出すのは、企業の意思決定のプロセスです。担当者の上に上司がいて、その上にまた上司がいて。うまく話を通すために、会議のための対策会議などが何重にも増えていって、「担当者がどうしたいのか」という視点がありません。意思決定の権限を担当者に寄せていけば主体的に考えざるを得ないし、ダイレクトに労働時間の圧縮になると思います。
松下先生:その例においてもやはり「価値判断」を自分の外に置いてしまっていること、仕事の目的や全体像が理解できていないために自分の仕事を増やしてしまっているように感じますね。そこを今後整理していくことが必要なのではないでしょうか。また、「何をやらないか」を決めることも大切です。「やらない」と言い切ってしまえば役割分担が進むのに、みんなが「何でもやりますよ」と言えば全員でやることになってしまい、非効率です。
築地:全員がエキストラみたいな感じですね。本当は一人ひとりが役割を果たさないと話が進んでいかないのに、他の人がどう出るのかを伺っている。それはもしかしたら役柄に魅力がないからかもしれないですね。「管理職になりたくない」という人が増えるのもそこに原因があるのかもしれません。
松下先生:脚本や配役の問題、つまり組織の作り方の問題がありますね。どうしたら一人ひとりが役割を持って主体的に判断し、物語を進めていくことができるのか。そのために劇団だったり、役割に入れるような舞台を用意するアプローチが有効なのではないかと考えています。
築地:企業でいえば、自分で自分をうまくキャスティングできている人は上手に制度を使いますね。自分はいま家族のケアを担っているから時短勤務をする、有休を使う、といったように。けれど、自分自身のキャスティングをうまくできていない人は「周囲の人がどう思うか」を気にして制度がなかなか使えなかったり「使うのは申し訳ない」と思っている気がします。
「本音を言うから進む話」と「本音を言わないから進む話」
松下先生:自分で価値判断ができないと、本当に必要な場面で必要な発言をできなくなる、ということもありますね。例えば、先日教えてもらって学生を含めてやってみたワークショップのワークで「1人が30秒ずつ順番に話をして一つのストーリーをつくっていく」というのがあります。もちろん、なかなかうまくはいかないのですが、なぜうまくいかないのかを見てみると、前の人の話をそのまま引き継いでまったく新しい展開ができないパターンと、前の人の話と全然違うところに話を持って行ってしまうパターンがあるのかな、と思いました。うまく話がつなげないときは「一旦切ります」と言ってもいい、と事前に伝えているのですが、それがなかなか言えません。
築地:仕事においても「この仕事って本当に意味ありますか?」みたいな本質的な指摘って、勇気がいりますよね。海外では「仕事のアウトプット」とパーソナリティーは完全に分けて考える人が多いので率直に注意するし、注意された側もケロッとしているという話を聞きます。しかし、日本人は仕事で注意されると人格も否定されたと感じて傷ついてしまう人も多い。
松下先生:無礼講とか、何でも本音で話していいと言われていえるものでもないですよね。私たちは学校で教師から「怒らないから本当のことを言ってごらん」と言われて本当のことを言ったら怒られた、みたいな経験を重ねて、本音を言ってはいけないと学習してきています。
築地:そうは言っても、「何でも言っていい場」を作って本当にさまざまな社員が本音を言い出したら、人間関係が崩壊してその後の仕事に影響する、ということもありそうですね。
松下先生:組織での意思決定やコミュニケーションを考えた場合、「本音を言うから進む話」「本音を言わないから進む話」というのを切り分けて考える必要がありそうですね。でも、それは個々人が「空気を読む」のではなく、目的に応じて本音と建前をうまく使い分けられるように場の設計をしていくことが大切だと感じています。
築地:それぞれどんな場なのでしょうね。
松下先生:問題点を挙げるには本音が必要ですよね。一方で、大勢の合意を得るような場では建前だったり事前の根回しが必要だと思います。役員総会や株主総会で本音の議論を始めたらいつまでたっても会議が終わりません。
築地:働き方改革を進める上で、こういった「場の設定」は非常に難しいと感じています。
松下先生:本音と建前の往復が必要なのではないでしょうか。現場の社員から本音を引き出す場を設けて問題を明らかにする。施策を進めるうえでは形式的な会議での承認を得る必要もあります。
築地:組織で改革を起こそうとしたら、必ず不利益を被る人、抵抗する人がいて、ある程度の闘争が起こります。しかし、あえてその様子を見せることで「会社が変わろうとしている」ということ、会社の本気度を示すということもあるかもしれませんね。スムーズに議論が進んでいつのまにか制度が変わっても、その後ちゃんと定着していくのかどうか…。それから、「どこまで思い切って変えていいのか」という境界線を見極めるのも難しいですね。
松下先生:まずは小規模にテストしてみたり、それこそ寸劇でプレゼンテーションしてみたりしてもいいかもしれません。思い切った改革提案をして社長がドン引きしたり、怒り出したりする劇(笑)。そうやって舞台を作って役割を作って設定をずらすことで、言いにくいことも言いやすくなりますし、相手の反応を見ることもできます。組織の心理的安全性を高めるのが難しいときは、舞台を作ってその上の安全性を保つといいのではないでしょうか。
築地:働き方改革を推進する上で、「舞台を作る」「設定をずらす」というのがカギになりそうです。資料を配るよりも職場の状況を表した寸劇を見せた方が伝わりやすいし、「これは劇です」と設定をずらしても、見ている側は「ああ、あのことか」とわかりますよね。あらかじめ怒られる役を作っておく、というのもいいかもしれません。色々なヒントをありがとうございました!
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株式会社ソフィア
取締役、シニア コミュニケーションコンサルタント
築地 健
インターナルコミュニケーションの現状把握から戦略策定、ツール導入支援まで幅広く担当しています。昨今では、DX推進のためのチェンジマネジメント支援も行っています。国際団体IABC日本支部の代表を務めています。
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築地 健
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