「文部科学省伴走事業 対談記事① ~ソフィアが次世代人材育成を推進する意義~」
- 福井大学
- 中森 一郎 教授(写真右)
- Inquiry合同会社 founder,CEO
- 山本 一輝 さん(写真左)
- 株式会社ソフィア・株式会社ソフィアクロスリンク
- 廣田 拓也(写真中央)
インタビュー実施日:2024年5月27日
ソフィアは2020年よりソフィアクロスリンクという子会社を設立しました。
「地域の人と組織を元気にします」をミッションに掲げ、企業と行政、企業と学校、企業同士が繋がり、相互に越境し合うことで新しい価値を生み出す支援を行っています。
2021年より文部科学省が推進する次世代人材育成事業「マイスター・ハイスクール(次世代地域産業人材育成刷新事業)」に対する伴走支援を行ってきました。
なぜ地域に対する伴走支援をおこなうソフィアクロスリンクが、次世代人材育成にも携わっているのか。伴走をともに推進してきたパートナーの方々と振り返りました。
マイスター・ハイスクール推進の理由とその背景
- 近田
- まずはじめに、なぜ文科省はマイスター・ハイスクール事業を推進したのでしょうか。
- 廣田
- 専門高校では、商業・工業・農業・水産・看護などの産業人材を育成しています。
その教育課程が、スマート農業・スマート水産・DXなどの時代に追いついた教育内容になっているだろうかという問題意識があったと感じています。実際、従来通りの農業を教えていた先生がいきなりスマート農業を教えられるようにはならないので、産業界の力を借りて教育を刷新する必要性があったのだと思います。もうひとつは、地方創生の観点です。
専門高校の卒業生の約6割は地元に就職し、地域産業を支えています。学生時代に最先端技術を学ぶことは産業界や地域産業を変えていくことに他なりません。
しかし、地域産業が最先端のスマート化やトランスフォーメーションに追いついていないので『教育だけではなく、地域の産業も変える』という2つの目的を持ったプロジェクトを立ち上げよう、という背景のようです。
- 中森
- 日本の高校は、7割が普通科、3割が専門高校に進学します。文科省の次世代人材育成事業もスーパーサイエンスハイスクール支援の取組みが多く、これまで職業系・専門系高校に対する支援は手薄だったんです。また職業人材育成・職業教育は、各県知事の判断と各県の予算内で進めているため、国として大きな支援をしていなかったのではないでしょうか。
- 山本
- そうですね。確かに専門高校も県知事が認可しているので、職業教育は県ごとで独自に作られていますよね。
- 廣田
- 普通科は概ね全国共通の人材育成方針だった一方、専門職業人材は県に任されている傾向があったから、文科省や国としてテコ入れをする時期だったということですね。
- 中森
- たとえば農業は農水省の管轄なので、今まで文科省では推進しづらかったのだと推察します。関係省庁がつながったことで、マイスター・ハイスクール事業に取り組めたのだと感じています。
次世代人材を育成することで、時代の最先端に近づく
- 山本
- 地域企業側の観点でいうと、デジタル技術を導入しても、それを活かして自社のビジネスモデルや組織構造を変えることはなかなか難しいと感じています。
しかも、高齢化が進んでいたり、若い人材を活かす意識がなかったりもする。また地域企業側の求める人材像がアップデートされておらず、30年前と変わらず「真面目で明るくて元気で休まず、きちんと挨拶できる子」が採用されています。経産省が出している「未来人材ビジョン」では、2050年には問題発見力・革新性などの『イノベーションを起こす力』が求められると記載があり、これは現時点でも必要な能力だと思っています。
マイスター・ハイスクール事業は、企業側が産業界を刷新する意味合いと、次世代人材育成に携わってともに変革する流れを作る背景があったと感じています。企業から専門高校の管理職としてCEOが配置されます。学校だけ、企業だけで育成するのではなく「産学ともに次世代人材育成をし、産業変革をする」という関係性が、従来の事業との違いだと思います。
- 近田
- 従来の事業との違いは何でしょうか?
- 山本
- 産学が連携してともに作り上げていくスタンスです。マイスター・ハイスクール事業は学校の要請に応えて、大学などの教育機関や産業機関が協力をします。企業側がそれなりの人的・予算的投資をしていて、その成果を企業側が享受していると捉えています。
- 近田
- 今までは文科省や国が事業予算を提供して、それに企業が乗る構図だったけれども、今回は企業側もきちんとやらないとうまくいかない、というのがこれまでとの違いですかね。
- 山本
- はい。文科省の目的には「自走化」という言葉が入っており、この事業が終わったあとに地域企業や専門高校が自ら変革・推進できるようになることが求められています。
- 廣田
- 国からは3年分の予算が出ますが、その先は本当に必要であれば自分たちで進めていくという形になります。
- 山本
- 実際、企業や企業の組合が資金を提供するといった動きもありますね。
- 廣田
- マイスター・ハイスクール事業は「学校教育が変わればいい」というスタンスから「学校教育だけでなく地域産業や企業も共に変わらないとサスティナブルじゃない」という姿勢で、文科省が国の事業として初めて立ち上げた事業だったと聞いています。
参考: 【文部科学省】マイスター・ハイスクール(次世代地域産業人材育成刷新事業)
マイスター・ハイスクールの伴走支援体制とは?役割や体制について
- 近田
- マイスター・ハイスクールの伴走支援はどのような役割・体制だったのでしょうか?
- 廣田
- 今回、文科省にとってチャレンジングな事業を推進するうえで、伴走支援事業を立ち上げ、事業を推進してくれる民間企業を募集し、ソフィアが手を挙げました。
伴走支援の体制としては、事務局(廣田)と、学校や地域の伴走者(山本)と、伴走者を知的な観点から支えるアドバイザー(中森)という構造でした。
- 中森
- わたしは最初、当事者として専門高校の校長を経て、学校管理機関として県の教育委員会で勤務し、昨年アドバイザーになりました。現場をよく知るアドバイザーという観点を持ち合わせています。
そもそも「伴走する」とは?
- 山本
- プロジェクトの中心となるのは「採択された専門高校の校長先生」、企業から派遣された「マイスター・ハイスクールCEO」です。このお二人が変革を起こしていくための伴走支援(サポート)をすることがミッションです。
申請段階で未来に対するビジョンを描いているので、そのプロセスを一緒に描いたり、現状の進み具合で問題ないか確認したり、その先の情報提供をしたり、困りごとを聞くディスカッションパートナーのようなスタンスもありました。段階ごとで必要な物を提示したり、意識を変えるための研修会を開いたり、行政の皆さんとの現場に入ってファシリテートすることもあります。プロジェクトマネジメントとして現場の進捗管理に関わることもやりました。
基本的には、校長・CEO・伴走者がひとつのチームですが、伴走者は7名いて、それぞれが各地域の現場でチームを組成しているイメージです。伴走者はそれぞれのキャリアや強みが違うので、それぞれが補完しあうこともありましたね。
- 廣田
- 初年度から2年目までは、わたしが7人の伴走者の強みを把握して、その課題を解決できるスキルを持った人に協力を依頼し、別の伴走者につないでいく形で進めていました。最後の1年間は「研修に関しては〇〇さん」というように、自然と役割が決まってきていました。
また最終年度は、どうやって文科省の事業予算から自走するための資金を調達するのかなど、座組みを再組成しないといけない場面もあり、そういった相談も受けていましたね。
- 山本
- 協働体制と予算において、専門高校自らが持続可能な活動にするために、最低限必要な要素を構築しようといった話は出ていましたね。
- 廣田
- 「資金調達や座組み組成は管理機関がやってくれるから、学校は教育を頑張ればいいよね」という当事者意識がない学校もありました。そういった学校にはさまざまな方法でアプローチしていただきました。
- 山本
- 学校によって温度感や関わり方は違いましたよね。 CEOと校長先生がよく議論できている学校に対して方向性を指し示すアプローチもあれば、やりたいことが明確で課題か浮き彫りだった学校は、打ち手を提案することもありました。
マイスター・ハイスクール推進に対する校長先生の意識
- 近田
- ちなみに初期段階で変革に対して前向きな校長先生が集まっていたのでしょうか?
- 山本
- これも学校によって全然違いました。大前提として、校長先生は2~3年で異動されるのです。申請段階は前校長でも、立ち上げ期は背景も何も知らない新校長が進めて、2年後にまた交代されるケースもあるので、スタート時点と温度感が違うことも結構ありましたね。
- 近田
- 3年間のうちに1回は交代してる可能性がありますね。確かに校長先生が経緯を知らないことで、何かしら問題もあったのではないでしょうか。
- 山本
- そうですね。支援をしている最中に、校長先生が現場の職員には漏らさない不安や迷いをお話しいただいたこともありました。「正直この事業をこのまま進めていいのか、この形でいいのか不安です」と吐露されて。
孤独な立ち位置である校長先生やトップの方が、わたしたちを信頼してくださったおかげで良好な関係性を築き、寄り添うことができたのではないかと感じています。
専門高校の校長・文科省・伴走者がそろった初めての試み
- 山本
- おそらくこれはスタート地点なんですよね。わたしが支援したある学校では、地域と産業界が10年以上協働して卓越された成果を残されていて、さらなる飛躍を望んでエントリーした学校もあれば、今回の採択をきっかけに学校を変えたいと期待された学校もあります。学校によってスタート地点は全然違います。
- 近田
- 変革に対して前向きではない高校もあるのでしょうか?
- 中森
- 指定されているからやらないといけない、という学校は圧倒的に多いと思います。当初はやる気満々の校長がいても、校長交代を経たり、変革していく中でうまくいかないと、やらされの事業になっていく。だから伴走者が非常に大事なのです。
- 山本
- ホールドするというか、そのチーム全体を支えていくイメージですね。
- 廣田
- 僕が担当していた学校で、すでに異動されている教頭先生が申請書を作られていたケースがあり、そこに書かれていたビジョンについて聞いてみたら、「前校長が書いたから目指しているビジョン自体よくわからない」とおっしゃって。「そのビジョンに納得いかないなら、自分たちでビジョンを作り直しましょう。今からここでちゃんと話し合いましょうよ」ということもやりました。
「当事者性をいかにして高めるかが伴走者の仕事」だと思います。
高い当事者性を持った専門科のケース
廃校という危機感から生まれた当事者性
- 廣田
- 中森先生がいた高校は卓越したところなので、やらされ感とか、ビジョンが自分たちのものじゃないってことは起こりえないですよね。
- 中森
- わたしがいた若狭高校は2013年より海洋科学科を設置したのです。生徒数が集まらなくて統廃合対象になった小浜水産高校の水産科が組み込まれました。そのときの水産課の先生が「もう二度と学校をなくさない」という強い想いを持っていました。
まず地域の人たちに、自分たちの学校や教育を理解してもらい、そのうえで自ら地域に飛び出し、地域の声を聞きながら、いろいろな教育を考えるようになったという背景がありまして。 なのでそういう危機感のある学校と、危機感のない学校ではスタンスが全然違うんです。
- 近田
- 小浜水産高校が統合されたことで、地域産業において問題や影響はあったのでしょうか?
- 中森
- その学校が無くなる前に「学校が無くなることの意味」を地域の人と議論しました。 最終的に若狭高校に水産科が組み込まれたので、地元産業と水産業界との新たなつながりが生まれ、これまで人気のなかった学校が別の学校に加わったことで、教員の意識も変わり、水産業が見直される契機にもなったのです。
- 近田
- 小浜水産高校がなくなった真の要因はなんだったのでしょうか。
- 中森
- 一番は学生の「普通科思考」でしょうか。全国的にも圧倒的に普通科思考が強く、実業教育に対する希望者がすごく少ないんですよ。とくに水産は全国で8000人くらいしか高校生がいなくて、水産業に従事する人は少ないんです。汚い、きつい、3Kみたいなところもあって。
- 近田
- 政府はこういった地域産業事業の安定化を進めなければいけない中で、人口の減少が進むと、やはり次第に衰退していってしまいますよね。
- 山本
- 複合的な要因もありますよね。人口減少すると税収が減っていく。 加えて専門高校はとてもお金がかかります。校舎だけでなく、さまざまな専門機材、機械、船の予算は億単位でかかります。普通科と比較して10倍以上差があるんですよ。
- 廣田
- 生徒一人当たりの教員数も専門高校の方が多いから、その分もコストがかかります。普通科のコスパがいいんですよね。
- 山本
- そうするとやっぱり進学校みたいな学校に人気が集中する。だから専門高校の生徒数が集まらず、産業の衰退、負の連鎖が起きてしまいます。
専門科で学ぶからこそ得られる学びを活かして大学に進学
- 廣田
- あと、大学進学率が高まった背景もありますよね。難関大学に行こうと思ったら専門高校は選ばれにくい。
- 中森
- 結局、各地域の成績上位の生徒は普通科の進学校に進んで、それ以外の生徒がその地域の職業系高校に進む。これは全国的に同じ傾向があり、優秀な人材であるほど進学校に進み都市部に出て行く。それ以外の生徒が職業教育を受けて地元企業に就職し、地域を支える。成績優秀者は地元に残らずどんどん都市部に出ていき、地域の過疎化は深刻化していきます。
若狭高校の海洋科学科がうまくいった理由は、進学校の中に海洋科学科が入った点です。
専門高校であっても、海洋科学科なら専門的な分野の強みを活かすことで、大学進学が有利になる。
とくにマイクロプラスチックの問題やSDGs関連の海洋汚染問題など、探究的な学びをすると高い評価を受けられます。
それによって学びが広がり、世界に通じる学びにもつながることが、大きなメリットになります。